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【小説】メタ人生(1)
この小説は、ややプライベートな内容も含まれますので、メンバーシップ「ゴールデンキャットプラン」「ロイヤルサポーターズプラン」の特典となっております。
(最新話のみ全体公開としております)
SNS上の生活と実際の生活。どちらがどこまで、本当の人生なのか……
そういう内容になっています。
ご興味持っていただけた方は、ぜひともご一読ください。
どうぞよろしくお願いいたします。
(1)タカハルって誰
「ちょっと、ミッくん。こんなDMが来たんだけど」
奈未は早口で言いながら、スマホの画面をこちらへ向けて差し出してきた。
休日の夕方、二人揃ってこたつへ足を突っ込んでいた。靴下に包まれたお互いのつま先が触れ合っている。
「なに」
めんどうに感じながら、僕は上半身を持ち上げた。目を細めて覗き込んでみたけど、字が小さくてよくわからない。
「前に言ってた、パン職人の人」
「パン職人?」
「そう。憶えてないの?」
奈未はそんなことでさえ、責めるような眼差しを向けてくる。
「《何のパンが好きですか?》って訊いてきたから、チョココロネとか、メロンパンですって答えたら、《じゃあ最高のコロネとメロンパンを焼いて、お届けしますね。婚約祝いに》だって」
「へえ」
もう少しちゃんと見てみると、母乳を飲んでいる赤ん坊のアイコンが映し出されていた。
その横から吹き出しが出ていて、確かにそんな感じの会話をしていた。深見沢隆晴、という名前が、画面の上端のバーに表示されている。
「その人だったら、俺の方にも申請来たよ」
「承認したの?」
「うん」
「DM来た?」
「たぶん」
「内容は?」
「あんまり憶えてないけど、やっぱり婚約おめでとうございます、みたいな感じだったと思う。無視してるから、よくわからないけど」
奈未はあまり納得していない様子で、フウンとうなってみせた。
「返事しないの?」
「うん」
「DM来たのに、返事しないなんてことあるのかな」
「別にあるよ、普通に」
「なんで?」
「なんでって、あんまり関わりたくないし、こういう感じの人」
すると短い間があってから、
「私も、なんか怪しいと思うから、返事してない」
と、高い鼻をツンとそびやかしながら言い放った。
その三日後くらいだった。
仕事から帰ってくると、「おかえり」も「おつかれさま」も差し置いて、奈未はスマホを片手に掲げながら玄関まで突進してきた。ゴーカートも真っ青のスピード感だ。
僕は自分で脱いだ黒いスニーカーを、カフェカーテンの後ろの靴箱へ片付けているところだった。コロナ以来、スーツは着ても革靴を履くことはほとんどなくなっていた。
「ちょっと、あの人」
「あの人って誰?」
「あれじゃんか、タカハル」
以心伝心が通じなかったことが、ひどい屈辱だとでも言うように、目尻をクッと尖らせた。
「タカハルって?」
僕には後醍醐天皇のいみなしか思い当たらなかったが、奈未の早口で忙しない説明によると、どうやらSNSでダイレクトメッセージをしてきた、素性不明のフレンドのことらしい。
「ああ、そういえば」
僕は完全に忘れていた。何で忘れるかな、信じられない。口には出さなくても、奈未の表情はそんな風に物語っていた。
「タカハルのこと、ちょっとばかしさぐってみたんだけど、何かがおかしい」
言いながら、またスマホのディスプレイをぐいぐいと押しつけてくる。
深見沢隆晴は、僕たちが共通して登録しているSNSの、やはり共通のフレンドだった。
とは言え、僕自身は全くと言っていいほど彼のことを知らない。
半月ほど前に向こうからフレンド申請が来て、承認したらダイレクトメッセージが一通来て、今度は返事をしなかった。ただそれだけだ。
自分の部屋へ行って、クローゼットの前でネクタイを外すのもそこそこに、スマホからSNSにアクセスした(させられた)。フレンドの一覧から深見沢隆晴を見つけ出し、そのプロフィール画面を見下ろす。
アイコン画像は、この前ちらっと見た、母乳を吸っている赤ん坊の写真。乳首のところに星型のボカシが入っている。背景はピンク一色。画質は極めて悪く、人物の輪郭がドット状にかすんでいる。
「職業」や「生年月日」の欄は空白。ただし「居住地」だけは埋めてあり、鳥取県の市部ではなくある町在住、と書かれていた。
「ずいぶん田舎みたいだなあ」
「タカハルの投稿、ちゃんと読んでみたことある?」
「いいや、ざっと流したくらいで」
「ちょっと一回読んでみてよ」
一体何なんだろう。
僕は実際閉口していた。仕事から帰ってきて、まだ手洗いうがいをしたくらいで、夕食すら食べられていない。いや、今日は休みの前日だから、自分で作る番の日か。
最後の投稿は三日前。この人は、料理の写真を短い文章と一緒にたくさん投稿している。
ローストビーフにハンバーグ、バスケットいっぱいのクロワッサン。へえ、パンだけじゃなくて、他にもいろんな料理を作れるみたいだ。
写真も、まるでレストランのホームページのように美しい仕上がりだ。最近はずいぶんカメラに凝って、プロ顔負けの写真を撮る素人も少なくないという話だ。
《今日は、パン教室の、試作の日。
またまた、たくさんの参加ご希望を、いただいていますよ。
昨日から、徹夜で仕込みに追われています。
レシピ、ご希望でしたら、DMで連絡してくださいね。
嫁さん、赤ちゃんと、元気に過ごしていますよ。》
こういうリズムの文面に、笑顔やハートや音符の絵文字をいくつも連ねて飾り立てている。
「今の気持ち」のアイコンは《最高》に設定されており、五十件ほどの「グッド!」がついている。返信も含めてだろうけど、コメントの数はその三分の一くらいだ。
「独特な句読点の付け方だね」
右手でワイシャツのボタンを外しながら、スマホを支える左の手元を横目に眺めていた。
「地元でパン教室を開いている人なんだな。だから奈未ちゃんにも、パンをお届けするなんて言ってきたんだ」
フフン、と婚約者は鼻で笑う。
「これだけを見ればね。でも、タイムラインをずっとさかのぼっていったら、何かがおかしいのよ」
👉(2)へつづく
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