納富信留『対話の技法』

■本書の概要・目的

「ここでの問いは、対話をどう上手く行うか、どんな対話テクニックを身につけるかではありません。対話とは何か、対話はそもそも可能か、哲学はそう問いかけます」p.10

■対話とは何か

以下は著者による対話の条件
・特定の相手と行う(集会での議論は対話ではない)
・双方向的である(Twitterの発信や、一方向的な論破は対話ではない。講演者の話を聞いてメモしたりしている風景、それは対話ではない)
・交わす(ただ伝えるだけの報道や書き物は対話ではない)
・一つのテーマをもって語り合う(雑談や世間話は対話ではない)
・非言語コミュニケーションだけでは対話ではない

■対話が目指すもの p.59

・対話が目指すところは、まずは合意にあると言えるかもしれない
・しかし、合意がなかったから対話が成立しなかったというべきでもない
・けれど、はじめから合意など目指さないと開き直ってしまっては、対話は始まらない。
・反対に、完全に合意して意見が一致してしまったら、対話はそれ以上必要ない(奥村隆『反コミュニケーション』を参照してみよう)

■対話と無知の自覚 p.61

・対話とは、自分が大切なことを分かっていないのだと自覚させてくれる契機
・分からないという事態を明瞭にしてくれることが対話の本質
・「ソクラテスがいつも対話を始める際に語っていたように、『私はこのことを知らない。だからあなたと一緒に議論したいのだ』という姿勢が、対話には何よりも大切」

通常私たちは、なんらか知っている。はっきりと言葉にしていなくても、すぐに説明できるはずだと信じています。ですが、対話による問題をつうじて明らかになるのはそれが思い込みに過ぎないという事態です。言葉できちんと言えないにもかかわらず、知っているというのは誤りです

■他者に対する強制として働く言葉

おそらく、普段意識されていないかもしれませんが、実は「語る」は、それを「実行させる」ということを意味しています。というのは、「聞く」というのは、「それに従う」ということだからです。

p.37-38

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