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BL小説『ちくちく』

※BL小説です。地味でライトめですが、NGという方はここでStop!



大粒の雪が舞う中を歩く。
好きな人に逢うために。歩く。

「こんばんは」
「あれっ?何だよ来るなら電話くらい」
「ちょっと渡したいものがあるだけだから」
「そっか。とりあえず入れ、鼻が真っ赤だぞ」
「うん。お邪魔します」
コートを脱いでからリビングへ向かう。あったかい。
ストーブに手をかざすと、指先がジンジンした。
「ほら、飲め」
「ありがと」
マグカップに、たっぷりのココア。
甘ったるい風味に、喉の奥が蕩けそうになった。
「渡したいものって、今日じゃなきゃ駄目だったのか?」
「ううん。でも早いほうがいいかなって」
これなんだけど、とリュックから出しかけた時。
「ただいまー。ごめんね遅くなって、すぐ夕飯の…あら、来てたんだ」
「うん。お帰り」
「この雪の中を歩いて?何よ、急用?」
「あのさ、これ。偶然見つけたから」
「え?あっ、それ前に私が欲しいって言ったセーター!買ってきてくれたの?」
「セール品で悪いけど」
「いいわよそんなの、嬉しい~ありがと。早速着てみよっと」
持つべきものは優しい弟だーなんて言いながら、自室へ走って行った。
「調子いいなぁ。…で?俺には何もないわけ」
「ある、よ。これ」
本当は、こっちを先に見つけたんだ。絶対、似合うと思って。
そう言いたいのに。声にならない。
「わ、マフラーじゃん」
「今年は特に寒いし、毛糸のマフラーもいいかもと思って。どうぞ」
「ありがと。こういうの欲しかったんだよな」
嬉しそうに首にぐるぐる巻いて、にこっと笑った。
相変わらず、無邪気な笑顔。胸がちくん、とした。
「…じゃ、帰るね」
「え、もう?」
立ち上がったところに、姉がバタバタと戻ってきた。
「ちょっと、晩ご飯食べてけば」
「母さんが大量にカレー作ったから、食べて消費しなきゃ」
「あー。またカレー週間なのね…ねえ、そこまで送ってあげて」
「いいよ。行こう」
「うん。お邪魔しましたー」
姉にバイバイしてから、2人で外へ出る。
並んで歩くなんて、どれくらいぶりだろう。
「うわーすげー雪。よく歩いてきたなぁ」
「相変わらず、寒がりだね」
俺は寒くないよ。あなたが隣りを歩いてくれるから。
ふたつ年上の先輩。
初めて逢った時から、凄く優しかった。
「あっという間に年末だな」
「そうだね」
「正月は?バイト?」
「うん。初詣のあとに食べに来る人が多いから」
「だよなぁ。なら三が日の間に来いよ。久しぶりに飲もう」
「分かった。楽しみにしとく。…じゃ、ここで」
「気を付けてな」
手を振って別れる。
横断歩道を渡ってから振り返る。
優しい笑みを見せてくれた。
ばいばい。
ばいばーい。
お互い、子どもみたいにジャンプしながら手を振った。
ちくん。胸の痛みが大きくなる。
どうしてだろう。
ただ「素敵な先輩」として自慢したかっただけなのに。
なぜ姉に紹介してしまったんだろう。
まさか2人が結婚するなんて、想像もしなかった。

風が強くなってきた。
「じゃあなーおやすみー」
あの人が去って行く。
舞い散る雪に見え隠れする赤。
やっぱり、赤いマフラーが似合う。

先輩でいてほしかった。
何でも相談できる、頼れる人でいてほしかった。
こんな形で、家族になりたくなかった。

大好きな人の背中が小さくなってゆく。
どうか早く、この胸の痛みと苦しみを。
雪が溶かしてくれますように。

ばいばい。

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