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恋愛SF『レディランサー アグライア編』16章-4 17章-1
16章-4 ジュン
「男の下劣は仕方がない。奴らは、そういう生き物なのよ」
と、はるか年上の美女は言う。
「雄の使命は、雌をはらませること。人間であっても、その本能は変わらないわ。なまじ知能が高いだけ、性欲が支配欲ともつれて、面倒なことになる。それを否定するなら、有性生殖をやめて、人間を超えるしかない」
「そこまでは、さすがに……」
アイリスや、他の実験体のように、人間ではない種族が、これから増えるのだとしても。あたしはまだ、今の自分でいたい。まだ、十八歳にもなっていないのだ。したいこと、しなければならないことが、山積みになっている。
「あなた、好きな男がいるんでしょう? その男とだったら、恥ずかしい行為をしてもいいのよね?」
不意に悪戯っぽく指摘されて、耳が熱くなり、言葉に詰まった。正直に答えたいが、何と言えばいいのだろう。
「向こうが、そうしてくれるのだったら……でも……とても、そんな感じじゃないし……」
そんな奇跡、永遠に起こりそうもない。だって、いまだに子供扱いなのだ。
『世間で何と言われようと、おまえはまだ、半人前の小娘なんだからな。一人で何でもできるとか、勘違いして暴走するんじゃないぞ』
と、厳しい顔で言い渡されている。向こうにしてみれば、あたしはまだ、髪にリボンを結んでいた頃の残像を引きずっているのだろう。
「あら、そんなの、女の腕一つでしょ。いくらだって、誘い込む方法はあるわ」
「あ、あたし、あなたみたいに大人じゃないし!!」
メリュジーヌは白い喉をそらせ、ころころと笑った。
「違法都市の経営より簡単よ。やってみたらいいじゃないの。女に生まれたのだから、女の楽しみも味わうといいわ」
先の見えなかったトンネルが開通して、光が射したような気がした。
……そうか、そういうことか。振り向いて欲しい人には振り向かれず、どうでもいい連中に、いやらしい目で見られる……それが理不尽で、もやもやしていたんだ。
「あなたはまだ若いのだから、自分の人生を楽しみなさい。恋愛も、たくさんすればいい。外野なんて、放っておけばいいの。猿の群れが、キーキー言ってるだけなんだから」
そうか、外野か。猿の群れか。そんなもののために、自分が疲弊することはないという、大先輩からの励ましなのだ。
「あなたに憧れる男がどれだけいても、あなたは無視して、自分のしたいことをすればいいのよ。男たちの方は、すぐまた別の憧れを見つけるんだから」
通話を終えた頃には空が明るんでいたけれど、心はかなり楽になっていた。メリュジーヌには、言葉が通じる。恐ろしい魔女かもしれないが、魔女にならなければ、この世界で生きてこられなかったのだ。
それなら、あたしも大丈夫だ。やっていける。あたしには、守ってくれる男たちもいるし、女たちの連帯もあるんだもの。
それに、もう一つ、いいことがあった。司法局経由で、中央にいるチェリーからのメッセージが届いたのだ。
『ジュンお姉ちゃま、素晴らしい活躍ぶり、いつもニュースで見ています。エディお兄ちゃまも元気そうで、よかったわ』
元から可愛い子だったが、桜色の肌は健康に照り輝き、手入れのいい黒髪が薔薇色のドレスに映えて、ますます可愛い。今は施設を出て、きちんとした養父母の元にいるから、すっかり落ち着いた様子で、こちらも安心する。
『わたし最近、小説を書いて友達に見せているの。ブログでも好評なのよ。ナイジェルお兄ちゃまから、エディお兄ちゃまの子供の頃の話を聞いたりして、イメージがふくらんできたの』
それはそれは。あたしが期待した通り、ナイジェルはチェリーの〝いいお兄さん〟になってくれているようだ。この二人には、エディのことが好きでたまらない、という共通項がある。そのエディが、あたししか視野に入れていないとしても。
……そう、だから怖いのだ。もしもあたしが、あたしの姿を使った違法ポルノのことで泣いたり、嘆いたりすれば、エディは都市内に血の雨を降らせかねない。
実際、植民惑星《タリス》では、シドの部下たちを何人も撃ち殺しているのだ。温和に見えて、実は、相当に頑固な情熱家。亡くなったクレール艦長に対する思慕を、今は全てあたしに振り向けている。
とすれば、この件に関しては、あたしは何も気にしていない、話題にする必要すらない……という態度を通すしかないだろう。
『男性の、男性に向けた、切ない片思いの話を書いているから、お暇な時に読んでみてね。エディお兄ちゃまには、内緒の方がいいかもしれないけど。もし見られても、完全な創作だって言っておいてね。わたし、ナイジェルお兄ちゃまの味方だから』
特殊な事情を背負ったチェリーも、今は、自分の人生を楽しく生きている。よかった。それならばなお、あたしが元気で頑張る姿を、チェリーにも見せ続けないといけない。チェリーが何か悩んで相談してきた時、ちゃんと励ませるあたしでないと。
そうやって、女の連帯が続いていくことが大事なのだ。
17章-1 エディ
しばらく、ジュンと顔を合わせるのが辛かった。
(ジュンは知っている。でも、こちらは知らないふりをしないと)
(いや、ジュンは、ぼくらが知っていることを知っていて、知らないふりをしているんだ)
(ジュンから口にしない限り、こっちからは絶対、何も言えない)
(何も言わないということは、本当はものすごく、傷ついているんじゃないだろうか。いくらアニメでも、あんな下劣な作品に姿を使われて……)
(でも、慰めようにも、励まそうにも、男のぼくからでは、逆効果にしかならないのでは)
そういう意識があると、一緒にいて、妙に疲れる。他組織の幹部たちと会食したり、アンドロイド兵部隊を引き連れて繁華街を巡察したり、仕事は普通にこなしているが、夕食後、ジュンと二人きりになるのが怖い気がした。
もし、うっかり口を滑らせてしまったら、どうすればいい。
違法ポルノの根絶は、さすがに無理だと、ジュンにもわかっている。だから言わないのだ。実写映画の次は、アニメを規制すると。
それでも、夕食の後、自室に引っ込んだジュンを訪問できるのは、騎士としてのぼくの特権だ。それを返上するつもりはなかった。以前はユージンにもその特権があったらしいが、今では、彼がこちらに遠慮しているのか、ほとんど行使されていないようなので、一安心。
もちろん、ジュンの方から、ぼくの部屋に来ることもある。特に用がなくとも、一緒にハーブティを飲んだり、あれこれの雑談をしたり。
わずかな時間のことだが、ぼくにとっては〝恩寵〟だった。昼間のジュンは忙しすぎて、《エオス》時代のように、べったり一緒にいることはできないのだ。ぼくもそれなりに忙しいので、ジュンのために料理することもなくなっている。精々、二人の時間に丁寧にお茶を淹れ、茶菓子を選ぶくらいのことか。
この時も、ぼくらは一緒に中央のニュース番組を見ながら、蜂蜜入りのハーブティを飲んでいた。番組では、色々な植民惑星のイベントを紹介している。手作り自動車のレース。子供たちの合唱コンクール。新たにオープンした歴史博物館。そういう話題なら、危険がない。
そのうち、ちらとジュンの様子を見たら、ソファで膝を抱えたまま、口をへの字にして、何か考え込んでいる。
「何か心配ごと?」
総督としてのジュンには、日々、色々な困難がやってくる。だが、今回はそうではなかった。
「あたし、結局、A級ライセンス、取れないままだった」
と難しい顔で言う。
『レディランサー アグライア編』17章-2に続く