プロポーズ
「なあ」
徐に呼ばれて、
「んー?」
ページをめくりながら応える。
彼はゲームをしていて、私は本を読んでいた。
お気に入りの作家の新刊。物語は佳境に入るところで、悪いが、視線をあげる気はなかった。
彼も彼で、テレビから目をそらさずにいる様子だ。
「結婚記念日、いつが良い?」
思わず、彼を見る。
彼は相変わらず後頭部で会話している。
「は?」
改めて確かめることでもないが、私の指に、リングは1つもない。
何より、つきあって数年。私も彼も、結婚の話なんてしたためしがない。
結婚する気はないんだと思っていたし、私にはまだ早いと感じていた。
「何? 急にどうしたの?」
「結婚。そろそろ良いんじゃないかと思って」
私は一向に彼の後頭部と話をしていて、彼は変わらずゾンビを倒している。
本に目を戻すと、欠片も残っていないと思っていた乙女心が蘇った。
「まさか、今のプロポーズの言葉?」
「そのつもりだけど」
代わり映えしない返事に、ただただ肩を落とした。
付き合ってどれくらいが経つだろう。1年なんて短い期間ではないし、5年なんて長い期間でもない。
お互いがお互いの時間を大切にして紡いできた期間に、年月を感じることはなかった。
これをこれから先もずっと、形は変われど続けていけるなら本望だ。
「いつでも良いよ、私は」
とはいえ、乙女心は疼く。
「だから、もうちょっとマシな言葉が思い付いたら、またプロポーズして?」
肩越しに振り向いた彼は、私の顔をじっと見ると、分かったと子供のような笑顔を見せた。