日本と韓国の歴史教科書を比較してみた
前書き
お隣の国・韓国での歴史教育について、こんな話を聞いたことはないだろうか。
「歴史の授業で反日教育が行われている」、「教科書の内容が日韓で異なる」、等。
この話が本当なのか自分の目で確かめたいと思い、実際に韓国の学校で使われている歴史教科書の近現代史を翻訳して、日本のものと比較してみることにした。
今回翻訳した韓国の教科書は、シェアが二番目に高い、visang社の「中学校歴史 ②(イ・ビョンイン)」(2015年改訂)だ。
日本の教科書は、シェアが60%を超える山川出版社の「詳説日本史」だ。実家にあった2009年発行のものと、最新のもの(と思われる)2022年発行のものをメルカリで購入して、用意した。
主にDeepLやchatGPTで翻訳し、固有名詞の明らかな誤りなどは逐次修正をいれました。韓国語初学者のため、翻訳に間違いがあるかもしれないことのご承知おきをお願いいたします。
山川『詳説日本史』近代史の韓国に関係する記述
日本の教科書(山川出版社の「日本史詳説」)に記載があった、韓国に関連する出来事は、以下の表の通り。
韓国の教科書に記載がなかった項目については赤字にしている。
また、概要欄は教科書の記述をそのまま書かずに要約している。
韓国との国際関係についての日本国内の主張や、韓国の監督を規定する下関条約・ポーツマス条約などを除き、日本の教科書で触れられている出来事のほとんどが韓国の教科書にも記述があった。
山川『詳説日本史』における韓国に関する記述の変化
2009年発行の「詳説日本史」と、2022年発行の「詳説日本史」を比較したところ、韓国に関する記述を変えている点は4箇所あった。
1.日朝修好条規
2.コラム「日韓両国民の歴史認識の相違」
2009年発行のものにあったコラム「日韓両国民の歴史認識の相違」が、2022年発行では削除されている。
このコラムでは、福沢諭吉「日支韓三国の関係」を引用し、脱亜論に至った背景の一つを日韓の歴史認識の相違としている。
「日支韓三国の関係」は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の内容が日本に伝わるものと韓国の歴史書に残っているもので大きく異なっていて、韓国人は非常に日本人を恐れ憎んでいる、というものだ。
福沢諭吉が脱亜論で、アジアを脱し西欧諸国の一員となるべきだと主張した背景には、両国民の歴史認識の相違もあったとしている。
3.関東大震災の混乱
2009年発行では犠牲者数を明記しているのに対し、2022年発行のものは「多数の朝鮮人や中国人」と抽象化されている。
犠牲者数は、論者の立場により幅広い差があることを考慮していると思われる。
4.慰安婦
2009年発行の「いわゆる従軍慰安婦」に対し、2022年では単に「慰安婦」としている。
朝鮮半島から日本に連れてこられた人々については「朝鮮半島から内地に移入した人々の移入の経緯は様々であり、『強制連行された』もしくは『強制的に連行された』または『連行された』と一括(ひとくく)りに表現することは、適切ではない」との見方から「『従軍慰安婦』または『いわゆる従軍慰安婦』ではなく、単に『慰安婦』という用語を用いることが適切」とされ、2021年に修正された。
韓国教科書近代史の大まかな構成
visang社の「中学校歴史 ②(イ・ビョンイン)」(2015年改訂)近代史の流れを簡単に要約すると以下のようになる。
1.近代国家を築くための努力
日本と江華島条約を締結して開国をしたあと、開国に反対する儒教層の衛正斥邪派と、日本や西洋諸国と修好し開化政策を進める開化派の対立が起きる。
民衆は悪政や外国の侵略に対して蜂起し東学農民運動を展開するが、それをきっかけ日清戦争が勃発する。
日清戦争で勝利した日本は景福宮を占領して新政府を構成し、改革を強要した。国王・高宗はロシアの力を借りて日本の干渉から抜け出そうとし、ロシア大使館に避難した。これにより日本が構成した政府は崩壊し、改革も中断された。高宗は自主独立国家としての地位を高めるため、国号を改め大韓帝国を成立させた。
日露戦争に勝利した日本は乙巳条約を結び、大韓帝国の外交権を奪い、統監府を設置して内政全般に干渉した。高宗は乙巳条約の不当性を国際社会に知らせるために万国平和会議に特使を派遣したが、日本はこれを口実に高宗を退位させた。
乙巳事変や乙巳条約締結など、国に重大な出来事が起こるたびに抗日義兵が起こったが、日本の弾圧が激しくなり、義兵運動は縮小した。知識人や官僚のあいだでも、国民教育と啓蒙活動、産業振興を通じて実力を養おうとする愛国啓蒙運動が展開された。
2.抗日民族運動の展開
1919年3月1日のソウルでの独立宣言を機に、韓国内の主要都市や、国外にも万歳デモが行われた。日帝は警察と軍を動員してデモを暴力的に鎮圧し、万歳デモは次第に武力闘争が増加した。
日本に国権を奪われた後、愛国者達は満州や沿海州にわたり、民族学校を設立して独立軍を育成した。1919年に上海で大韓民国臨時政府が設立された。
民族資本を育成して経済的自立を図り独立を達成しようとする動きが強まり、農村ではハングルの普及活動も展開した。日帝は韓国の民族意識を消し去り、侵略戦争に動員するために、韓国語使用禁止・日本式姓名に改名などの民族抹殺政策を実施した。
3・1独立運動以後、満州や沿海州地域で独立軍部隊が武装闘争を繰り広げた。大韓民国臨時政府は韓国光復軍を創設し、太平洋戦争が勃発すると臨時政府は日本に宣戦布告し、韓国光復軍を連合軍の一員として参戦させた。
3.大韓民国政府の樹立
1945年8月15日、日本が連合国に降伏することで我々の民族は光復を迎えた。これは我々の民族が絶え間なく独立運動を行った結果でもあった。
憲法制定国会は国号を大韓民国と定め、大韓民国臨時政府の独立精神を継承した民主共和政の憲法を制定した。大統領に選出された李承晩は1948年8月15日に大韓民国政府の樹立を宣言した。
韓国の教科書の日本に関係する記述
韓国の教科書(visang社の「中学校歴史 ②(イ・ビョンイン)」(2015年改訂))の近代史に記載があった、日本に関連する出来事は、以下の表の通り。
山川出版の詳説日本史に記載のない出来事に関しては、名称を赤字にしている。
なお、概要欄は教科書の記述をそのまま書かずに要約している。
民族国家の成立
資本主義と社会の変化
韓国の教科書で記述がある日本統治時代に日本が実施した改革や政策、韓国の具体的な抗日運動など、日本の教科書で取り扱われていない項目が多い。
日韓教科書における記述の比較
日韓双方の教科書の記述比較を表にまとめた。
一方の教科書にしか記述がなかったり、記述の仕方・歴史の捉え方に差異がある箇所を赤字にしている。
日韓の教科書の記述にほとんど食い違いはなかったが、歴史の捉え方に差があると私が感じた項目は以下の四つだ。
1.三一独立運動
日本の教科書の三一独立運動の説明は以下である。
それに対し韓国の教科書の説明は以下の通りである。
日本の教科書では、国際世論に配慮する目的もあり独立運動を受けて植民地統治方針を若干改善したとしているが、
韓国の教科書では独立運動後の統治方針改善(文化統治)の目的は韓国人を懐柔し、分裂させて抗日民族運動を妨げることだと言い切っている。
2.関東大震災の混乱
日本では、関東大震災後の混乱の中、朝鮮人が暴動を起こしたという噂が広まり、抵抗運動への恐怖心と差別意識から関東大虐殺が行われたとされている。
それに対して韓国の教科書では関東大虐殺は独立軍の基盤を弱体化させるために行われたと説明している。
3.慰安婦、強制連行
4.独島
日本の教科書では独島(竹島)の記述はないが、韓国の教科書では1ページを丸ごと使い、さまざまな歴史資料を参照しながら独島(竹島)が韓国領である根拠を説明している。
○韓国の記録
○日本の記録
5.日本統治時代の生活
日本統治時代に日本が持ち込んだ文化や、施設・交通・通信の発展は、日本人のためのものであり、日本の優越性を示す目的が強かったと説明されている。
日韓歴史教科書を比較した所感
日本近代史・韓国近代史の規模の差
「本当に日韓で歴史の教科書の内容が異なるのか」という問いに対する私の結論としては、「日韓の未解決問題(慰安婦問題、領土問題など)に関しては説明が異なるが、それ以外は概ね食い違いはない。」としたい。
韓国の教科書には日本統治時代の政策・抗日運動と日本の弾圧について、日本の教科書にない内容も詳しく説明されている。それに対し、日本の教科書の韓国に関する記述は圧倒的に少ない。しかし、韓国の近代史はほとんど日本や清に内政を干渉されているのに対して、日本史は明治維新と富国強兵〜日清・日露戦争・第一次世界大戦と扱う規模が大きいため、内容が非対称になるのは当たり前である。
韓国教科書のドラマチックな語り方
翻訳をして気付いたことは、日本の教科書が事実を淡々と述べる印象であるのに対して、韓国の教科書は比較的ドラマチックな語り口で、ストーリーある構成にしているということだ。
日帝の侵略と植民地支配に立ち向かい、民族が団結し独立運動を絶えず続けたことによって光復(=独立)を果たした、という起承転結を強調している。
これは、光復の説明にもよく表れている。
また、伊藤博文を暗殺した安重根が英雄視されているのも象徴的だ。以前韓国旅行をした際、大韓民国歴史博物館にて安重根の特別展を大々的に開催していたことに
驚いた。安重根が獄中で残した独立を願う言葉とともに、彼がどんな人生を歩んだか学ぶことができた。
また、韓国の教科書がドラマチックに感じる要因は、感情に訴えるような強い言葉をよく使っていることにもあると思う。
日本からの搾取(착취)という言葉が頻繁に出てくるし、民族抹殺政策(민족 말살 정책)というのもとても強い言葉だ。
反対に情熱、熱望といった言葉が独立運動の説明についている。
また、主語を「韓国人」ではなくあえて「我々の民族」と表記している箇所が多く、このような記述方法が同一民族内の連帯感を強めているように感じる。
日韓の国交改善を祈っております。