家父長制の下でじわりじわりと破壊されていく一家の風景「THE SEED OF THE SACRED FIG」第97回アカデミー賞期待の作品紹介Vol. 9
AWARDS PROFILE Vol. 9
THE SEED OF THE SACRED FIG
各映画サイト評価
Rotten Tomatoes: 93%(現時点)
Metacritic: 84(現時点)
IMDb: 7.7(現時点)
Letterboxd: 4.0(現時点)
あらすじ
革命裁判所の裁判官に任じられたイマンはテヘランや全国で巻き起こる抗議運動にとてつもない不安を抱いていた。身を守るために与えられた拳銃がなくなった時、彼は妻や娘たちを疑い、社会的ルールが崩れるにつれて、家族に過酷な処置を課していく…。
監督・キャスト・注目ポイント
「ぶれない男」でカンヌある視点部門受賞、「悪は存在せず」でベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞に選ばれたイランのモハマド・ラスロフ監督の映画作りは常に身の危険と隣り合わせだ。作品を発表するたびに、パスポート没収、懲役刑、映画作りの禁止等の罰をイラン政府から受けているが、決してイランという国を問う姿勢を崩さない。
監督は、昨年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門の審査員として参加の予定だったが、イラン国内で起きた抗議運動に対する政府の弾圧を批判したために、逮捕されてしまう。その後、一時的に釈放され、恩赦を受けて1年の懲役と2年間の国外渡航禁止を宣告される。そんな中で、秘密裏に今作を完成させたものの、今年のカンヌ国際映画祭のセレクション発表後にイラン当局からキャストやクルーと共に尋問を受け、出国禁止を言い渡されてしまう。それに加えて、映画祭のラインナップから映画を取り下げるよう圧力をかけられ、しまいには監督に懲役8年、鞭打ち、罰金、財産没収の判決が下されてしまう。
それでもラスロフ監督はイランからの脱出を図り、28日もの旅をしてカンヌ国際映画祭へと辿り着く。この経緯だけでも映画になりそうな苦労に満ちたラスロフ監督の新作は、疑心暗鬼に陥っていく裁判官の物語だ。直訳すると「聖なるイチヂクの種」と題された今作。成長過程で別の木に巻きつき、最終的にはそれを締め殺してしまうというイチヂクの一種を指しているタイトルは、神権的なイランの体制のシンボルにも重なるんだそうな。
Missagh Zareh とSoheila Golestaniが体制に忠実な主人公夫婦を、Mahsa RostamiとSetareh Malekが、家庭内の狂気に巻き込まれてしまう娘たちを演じている。監督が収監されていた2022年に巻き起こったマフサ・アミニの死を発端とする女性、命、自由を掲げる抗議運動から着想を得た作品とのことで、家父長制のイランと女性たちのマクロの関係性と、物語の主人公を頂点とする家族のミクロの関係性が共鳴する。
評価
カンヌ国際映画祭で特別賞に選ばれた本作は、心理スリラーやホラーの要素も盛り込まれた娯楽性のある充実した作品に仕上がっているという。四人家族のパワーバランスが崩壊し、破壊的な終幕までの3時間近い上映時間を一切無駄にしない緊張感。平凡な一家の情景にイラン国家の偏執さや女性蔑視、怒りが重なってくる。宗教的家父長制の下でじわりじわりと抑圧され、押しつぶされてしまう人々(特に女性)の姿に今のイランのあり方を問う。実際の抗議運動の映像が織り交ぜられることでフィクションである主人公一家の物語が現実の延長線上にあることと感じられるそうだ。芸術的表現すらも抑圧されてしまう社会で、それが持つ価値を高らかに謳う今作の姿勢に、ラスロフ監督の変わらない姿勢が見えてくる。モハマド・ラスロフが一番「ぶれない男」だった。
ぶれない長後の都知事でありたいものです。