長い夜 と 真夜中の訪問者
右足の手術が終わった。
「お部屋に戻りますよ〜。」
という声掛けで、ストレッチャーが動き出す。エレベーターに乗り、到着したのは4人部屋の病室だった。
テキパキとストレッチャーからベッドへ移される。右手に点滴が入っており、心電図も装着されていて、さらに尿道に管が入っている。
とても右足が痛い。アキレス腱の痛みを強く感じる。
「痛い、すごく痛い〜!」
と訴えるも、アキレス腱は手術では触ってないらしく、私の訴えは「???」という反応に終わる。
アキレス腱をギューッと握られているかのような痛みなのだ。
本当なんだよ、嘘じゃない・・・
右足の位置を変えてみようと試みるが、自分ではどうにもならない。
執刀医師に、術後の説明をうけてきた夫が、病室に入ってきた。
夫「手術後のレントゲン見せてもらったけど、すごいことになってたぞ。」
何がすごいのかわからん。語彙力をもう少し上げてくれと心の中で叫ぶ。
夫「細いボルトが10本ぐらい入ってたよ。」
恐怖を煽るなや。もう痛みで話が頭に入ってこない。すまん。
私「アキレス腱が痛すぎるの。ちょっと足の位置を変えてくれない?。」
夫「えっ、勝手に動かしちゃだめなんじゃないの?。」
私「こんなに痛いんじゃ、朝まで頑張れるかなぁ。無理だよぉ。」
愚痴と弱音を垂れ流しているおばさんの声を、同室の3人の患者さんに聞かれていることすら、その時の私には考える余裕がなかった。
もう夕方になっていた。
夫は帰路につく。
自由にならない右足を、どうにかいいポジションにしようと格闘してるうちに、18時になっていた。
夕食が配膳され始めて時間の経過を把握する。
もちろん私は禁食なので食べられない。朝から何も食べていないのに、不思議とお腹は空いていない。点滴のおかげなのだろう。
夜のバイタルチェックが済む頃、あのアキレス腱の痛みから少し開放されていた。なんだったんだ、あんなに痛かったのは。
21時消灯
ここから朝までが長かった。
寝返りがままならなくて、腰や背中が痛くなる。そして、空調は一定なはずなのに、体が暑くなったり寒くなったり忙しい。
私の体温調節機能がぶっ壊れてしまったのか?更年期にあるホットフラッシュ的なものなのかもしれない。
そんな中、やっとウトウト寝始めた頃だと思う。ベッド右側に違和感あり。なにかの気配がするのだ。
そーっと右側に目をやって確認すると、そこには、お布団を抱えたおばあさんが佇んでいた。
ギョッとして、あれっ・・・これは夢なのか?と一瞬思ったが、いやいやこれは現実だ。大変大変!転んだら大変!とナースコールを探すが、暗がりで焦れば焦るほど、なかなかナースコールが見つけられない。
やっとのことでナースコールのボタンを押す。駆けつけた看護師さんもビックリ。
佇んでいたのは、カーテンを隔てて、右隣りのベッドで入院中のおばあさんだった。
もしかすると入院したばかりの方で、夜中に目覚めてトイレに行こうとしたけれど、状況がわからなくなってしまったのかもしれない。
おばあさんは「何が何だかわからなくなっちゃった。」と話していた。
看護師さんに「トイレに行くときは、ナースコールを押してくださいね。」と言われていたけれど、ちょっと心配である。
またしばらくして、ウトウトしけかけた時、右隣で「ドスン」と音がした。
音で駆け付けた看護師さんが「大丈夫ですか?」と確認している。さっきのおばあさんがまたトイレに行こうとしたのか、転倒してしまったようだった。頭をぶつけてしまったらしい。
再度、移動する時はナースコールを押すように厳重注意を受けていた。
なんだかいろいろありすぎて、全然眠れない長い夜だった。
気がつけば、足の痛みはずいぶん落ちついている。
もう外が明るくなりはじめていた。