櫻坂46「I want tomorrow to come」MVの(たぶん)最速解説

櫻坂46の10枚目シングル「I want tomorrow to come」MVが解禁されました。前作「自業自得」と同じく、先に配信音源を解禁して後追いでMV解禁の流れ。今年から坂道グループの方針として定着したようです。
壮大なバラードとボカロ風のアップテンポを忙しく行き来する予想外の曲調に、音源解禁直後から各所で驚きの感想が飛び交っていました。同時に散見されたのが「これのMVどう作るんだ?」というもの。自分も皆目見当がつきませんでしたが、姿を現したのがこちら。

めちゃくちゃ良いやんけ!!


表題で新監督、中村浩紀さん

MV監督は中村浩紀さん。櫻坂では表題でもカップリングでも起用されたことのなかった、初めましての監督さんです。
ちなみに、初起用となる人が表題監督を務めることは珍しく、過去にはNobody's faultの後藤匠平さんと五月雨よの堀田英仁さんのみ。

今朝時点で更新していたMV監督一覧表

私も今回初めて名前を知り、慌ててこれまでの監督作品をざっと見てきました。

CMからMVまで幅広く手掛けており、MVもダンスグループからソロ歌手、バンドと多彩。それでいて独自性の感じられるカメラワークも多い方だと思いました。
・トンネルや駐車場など、天井の低い閉鎖空間に広角レンズを合わせたシンメトリー構図
・比較的横幅の狭いスクリーンサイズで、激しい動きよりもアップの表情を映す密度の高い画面
・少人数のパフォーマンスを回転しながら撮るシーン
・光や人の姿を残像のように映し出す演出

が特に際立った部分でしょうか。

たとえば北山宏光「JOKER」
(初めて知った曲ですが抜群にかっこいいですね。そして北山さんと言えば、最近櫻坂の衣装デザインで活躍しているヒグチミツヒロさんと盟友。もしかして今回のMVの縁ができたきっかけだったり…?)

GLAY「デストピア-超音速デスティニー」

今回のMVも、そんな中村監督の強みを活かして手堅く緩急豊かに作られています。そして後述しますが、映像のストーリーが歌詞と強くリンクしている点がよさにつながっていると思いました。

一対多数の描き方、再び

前作「自業自得」のときにも触れましたが、欅坂~櫻坂では「異質な主人公(センター)とそれを取り囲む大多数」というコンセプトが歌詞、MVで何度も表現されてきました。何度も続いてきた二項対立や孤独表現に若干飽きが来つつ、従来に比べるとマイルドな描き方に徹した自業自得MVでは結局分かりにくさを感じてしまった…というジレンマが前回の感想です。

さて今回の曲でも、歌詞の冒頭で「僕は暗闇が怖くて~やっと眠りにつける」と孤独や不安を感じる主人公のストーリーが始まります。ここまでが最初のバラードパート、いわば第1部と言えます。
これまで多くのMVにおいて、孤独な主人公を表すセンターは最初その他大勢から離れた位置におり、それが曲の進行につれて混ざり合い、周囲に影響を与えて世界が変わる、という起承転結が見られていました。Start over!、Cool、何歳の頃に戻りたいのか?、油を注せ!…などなど、挙げたらきりがありません。
ところが今作ではそれが初っ端から違うことに驚きました。イントロが始まる前、最初のカットで山下さんが他のメンバー二人と手を繋いで横たわっているのです。こんな構図今までなかった。

0:06、残りの二人はフロントの森田さんと的野さんでしょうか

その後ピアノが始まると画面が暗転し、いつものように一人ぼっちの山下さんと群衆のようなメンバーが映し出されますが、その後すぐに一体化していきます。これも珍しい。目を隠すしぐさをしたメンバーが後ろから山下さんの目を隠し、異質性よりも親和性を感じさせる展開が広がります。後ろから目を隠す動作は、先日の音楽番組で坂道グループの合同チームがKing Gnuの白日を題材にダンスパフォーマンスしたときと似ていましたね。

0:16~0:48にかけての一連のシーン

全体的にセンターの孤独感や異質性が強調され過ぎず、一体感の強い動きや映像になっていることが分かります。この傾向は最後まで続きますが、おそらく歌詞のメッセージから影響を受けているのでは、と踏んでいます。
一方で、サビを中心にダンスシーンでは山下さんのソロカットの比率がものすごく高いことにも言及しておくべきでしょう。映像として手堅く、忙しくなりすぎないメリットが出ているので今作には向いていると思いますが、ワンカット・数秒しか映らないメンバーも多く、個別のメンバーを応援しているファンの人にとっては酷な映像かもしれません。

怒涛のメロディー展開を手堅く支える映像たち

壮大なストリングスが響いたのちに急転直下の転調でダークなアップテンポのパートに。曲の第2部、メインパートの始まりです。そして同時に、今作のキーアイテムとなる「光」のアイテムが多数登場します。大きな見せ場であるフォーメーションダンスにいきなり移行せず、電気スタンドのような小道具をワンカット挟んでから見せるところが憎い。

0:59~1:05まで、予告映像でライトセイバーと言われていた巨大な蛍光管?も登場

高速のラップに作曲ナスカさん得意のハードなベースが鳴る中、Number_i「GOAT」で見たような、同じカットの中で踊る人数が変わるシーン、さらに続いてコマ送り風にズームアップした山下さんが的野さん、さらに谷口さんに変わる印象的なカットが続きます。

1:07と1:19。いまだにこれの撮り方が分からないのですが、教えてえらい人…
1:28~1:31、中村監督の得意なトンネルや高架下の映像です

面白いのが、ズームアップが始まったときには山下さんの周囲にメンバーがいたのに、ズームアウトが終わったときには山下さんが一人になっていたこと。そしてサビではしばらく山下さんのソロダンスが続きます。ちょうど1番Bメロの内省的な歌詞と呼応するように、このタイミングで孤独感が強調されている、と言えそうです。

1:33、ここから10秒以上ソロカットになります

そして1サビから2サビまでは山下さんにフォーカスしながら、先ほど出てきた光のモチーフが再登場したり、メンバーの残像が現れるカットが出てきたりと、落ち着いたカメラワークながら飽きさせません。

2:08~2:27、山下さんアップの多いダンスと良い対比になっています

2サビのダンスの描き方も面白く、一か所に集まっていたかと思えばスタジオ全体に散らばっていて、人の動きよりも配置で変化をつける見せ方になっています。それを受けてか、TAKAHIROさんによる振り付けも今回は全体的に大人しめでストイックな印象を受けます。実際ライブではまた違う振り付けになるのでしょうが、映像の見せ方としては引き締まっていて◎。暗めのライティングと黒メインの衣装のおかげもあり、アップテンポナンバーでありながら、これまでの「理屈よりも感情ではじけろ!」な盛り上げ方とは一線を画しています(ただし、山下さんの比率が突出して高いことの効果も大きいとは思います)。

2:34~2:47。スタジオの壁や床がむきだしに見えると安っぽさが出てしまう気もしますが、「隙間風よ」のように野外でやらなかったことには理由があるのか

「光のがらくた」が意味するものとは?

2サビが終わったのち、また一転してバラードパートへ。曲の第3部にしてクライマックスです。その瞬間、大人数の手に囲まれた山下さんが時空を移動するように野外に一人で立つカットが挿入されます。このカットだけビデオテープのテレビ画面を見せたようなレトロなエフェクトがかかっています。

3:16、リングの呪いのビデオのような不気味さもあります

こうしたレトロビデオ的演出は最近の洋楽やK-POPのMVで時々見られます。NewJeansが代表格ですが、暗い雰囲気で近いのはBTSジミンのソロでしょうか。

そして、これまでメンバーが持ち歩いていた光るアイテムがスタジオ真ん中のがらくたの山の中に埋もれており、最初は光を失っていたのが、最後の大サビとともに再び力強く光り出します。

3:27~ラストまで、楽曲も相まってドラマチックなシーンです

こうして見ると、本作のMVではセンター山下さんが圧倒的に多く取り上げられながらも、全体的な図式としては一対多数の二項対立を避け、どのメンバー(そして持ち物である光)も集合と離散、孤独と一体を繰り返しながらラストに向かっていくものに仕上がっているように見えます。そしてこのストーリーは、歌詞と強くリンクしているように思えます。

秋元康さんが作詞した櫻坂の表題曲は多くが「自己責任自己啓発ソング」にくくられると言ってよいかと思います。孤独な主人公を設定し、SNSを揶揄したり、過去の恋愛や社会全体を取り上げたりしながら、「自分の道は自分で決めろ、過去や周りの理屈にとらわれるな」というメッセージを手を変え品を変え書き続けてきました(きわめて大雑把な表現なのでご容赦ください)。
それに対して、本作の歌詞は自己啓発的でありながら、他者との共存・寄り添いにも比重を割いているところが非常に特徴的です。
1サビの「そばに誰かがいる 孤独じゃないと教えてくれ」で、孤独を乗り越えるうえでの願望として他者の存在を欲しているところがまず珍しい。そして大サビでは「僕の寝顔 誰かが見ててくれたら」「すぐ横で君が添い寝するような」と来て、「明日は 明日は 誰かのために I want tomorrow to come」で締めるという、かつてない他者重視のメッセージです。「Buddies」のようにファンを歌ったものとも違うし、日向坂の「世界にはThank youが溢れている」のような全員ハッピー歌詞ともまた違う。もう少し小さな、プライベートなつながりを描いているように見えますし、かといってベタベタの恋愛でもない。2018年ごろから乃木坂を追い始めて今に至りますが、このタイプの歌詞って激レアさんじゃないですか?いや、48グループで散々扱われていたらごめんなさいですが…

この歌詞を見て、音源解禁時から米津玄師の「がらくた」に似ているな、と思っていました。「30人いれば一人はいるマイノリティ いつもあなたがその一人 僕で二人」「上手くできないままで 歌う二人はがらくた」など、傷を負った人々に寄り添う歌詞が高く評価された楽曲です。
そして今回MVを見て、「光のがらくた」ってまさに歌詞の表れじゃない?と強く感じました。主人公(センター)も周りの人たち(ほかのメンバー)もそれぞれに光=希望を求めていて、一人一人は弱弱しく、現状を乗り越えるにも一進一退する存在だけれども、皆が少しでも寄り添いあうことで大きな光になって大きな希望(歌詞で言う「期待通りの陽」「眩い今日」)を迎えられる…と考えると、歌詞とMVのストーリーが非常にきれいにつながりそうです。
米津玄師のアーティスト写真に比べると、MVラストはそのがらくたのスケールすらずいぶん心もとないし、引きの絵で撮ったときに床や壁が見えて安っぽく見えるのですが、そんなちっぽけな存在でも、というメッセージと捉えられなくもない。シンプルに予算の問題だったらすみません。

本当はこれくらいのスケールで朝日が昇るくらいだったら…などと思わなくもありません

まとめ 櫻坂の4年間の総決算+新境地楽曲としてのIWTC

I want tomorrow to come、サウンド・歌詞・MVと多方面で掘り下げ甲斐のある楽曲でした。個人的に楽曲単体では、サビでボーカルが弱かったり音のバランスが崩れていたりする印象があるのと、さすがに転調七変化し過ぎで4分強では物足りなくなってしまう気持ちもあり、好き寄りの曲ではありながらもスタオバや自業自得のような筋の通った曲には及ばないかな、という気持ちでした。ですが、その弱みを十分にカバーしてさらに歌詞の世界観も盛り上げてくれる映像のおかげで、トータルでの好感度は非常に高いものになっています。
改名以来これまで模索し続けてきた音楽としての路線を限界まで突き詰め、さらにメッセージやそれを視覚化するクリエイターに新風が吹き込んだことで、また一歩作風が広がった気がしています。この曲、果たしてライブでどう化けるのか。ストリングスやダンスのパートを広げまくった完全版として、極寒のスタジアムで演出したら結構すごい曲になるんじゃないかと期待しています。アニラ2日目当選していて良かったです。楽しみ!

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