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始まりの朝(短編小説)

白河莉央と佐伯光の物語の1作目はこちら↓

目覚まし時計より早く起きられた朝は心なしかいつもよりさわやかだ。
ベッドから立ち上がり伸びをする。
窓の外から湿度を感じると、案の定窓の外は雨だった。


せっかくいい気分で起きたのというのにいきなり心に暗雲が立ち込める。
湿気で髪の毛はいうこときかないし、カッパを着てチャリ登校なんて絶対に無理。
仕方ないから今日はバスで行こう。
今日は鼻歌を歌いながら学校へ行けない。

朝は食欲がないからお母さんが作ってくれたお味噌汁だけ飲む。
ぼーっとリビングで見た運勢占いはまさかの1位。いつも10位とかその辺なのに、珍しいなとのんきに考える。
どうせ崩れると分かっていても念入りに髪を整えて身支度をするのは17歳の思春期真っただ中だからだろうか。

雨の日のバスは遅れがちだ。
8時発でも間に合うけど、念のため一本早い時間に合わせて家を出る。
そんな心配は無用であったかのようにバスは予定どおり莉央を迎えに来る。

バスに乗り込み車内を見回す。
この時間はあまり高校生がいない。そのせいもあって、毎回いる男子高校生の姿に目が留まる。
名前も学年も部活も知らない。唯一知っているのは同じ高校に通っていること。
いつもイヤホンをして英単語帳を見ているから、もしかして受験生なのかもしれない。
時々窓の外を見る横顔は朝の光で茶色い髪が透けて見える。
同年代の男子に対してあまり思ったことはないけど、あの人は綺麗だなと思う。
思わずみてしまう、そんな存在だった。

もちろん知り合いではないので、一度もしゃべったことはない。
向こうも私のこと知らないだろうし。というか、存在自体気が付いていないかも。
なんだか大人っぽいし同世代の女子に興味なさそうな感じがする。
きっと聞いている音楽もおしゃれな洋楽とかなんだろう、と勝手なキャラ設定がはかどってしまう。
もちろん今日も彼と話すことはなく、バスは高校の最寄りに吸い寄せられていく。

バスを降りるときには雨はだいぶ小降りになっていた。
折り畳み傘を開いて空を見上げると、うっすらと虹がかかっているのが見えた。
久しぶりに見たな、虹。いまにも消えそうで儚い感じを捉えたくて急いでケータイのカメラを起動した。

カシャッ

後ろからシャッター音が聞こえて思わず振り返ると、ケータイを構えた彼が立っていた。

「あ、虹珍しいから撮りたくなりますよね。」

目が合ってしまって思わず話しかけたのも束の間、まずかったかな、変な人だと思われたらどうしようという考えが巡る。

「そっちも虹撮ってたの?綺麗だよね、儚い感じで。」

話しかけられるのをさも待っていたかのように流暢な返事が返ってくる。
慌てて莉央も言葉を返す。

「そうです。まさに私もまったく同じこと思って撮りたくなって。こんなことってあるんですね、なんだかうれしいです。」

「俺も。その制服同じ高校だよね。何年生?」

「2年です。2年3組の白河莉央です。多分ですけど先輩ですよね?」

「そう、3年。佐伯光です。虹好き同士ってことでよろしくね。」

笑った顔を初めてみた。
つられて自分の広角が上がっていることに気が付いた。
今日このタイミングで虹が出ていてよかったと反射的に思った自分がいた。

「せっかくだし学校まで一緒に行こうよ。」

光はそういって莉央の横まで歩いてくる。
隣に並ぶとなぜか緊張して隣の彼を見ることができなくて、水溜りに映る彼の顔を見ながら話した。

光が歩幅を合わせて歩いてくれるのをいいことに、莉央はいつもよりもゆっくり歩いた。
いつの間にか雨は止んで、虹も消えていた。
そんなことに気がつくこともなく、莉央は早い時間のバスに乗ってよかったと思った。

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