WRC 2023 Rd.9 Secto Rally Finland
伝統のフィンランドGP
ラリーフィンランドは1973年のWRC黎明期からその姿をシーズンに並べてきた。古くは1000湖ラリーとも呼ばれ、フィンランド湖水地方らしい多くの湖沼と針葉樹が織りなす風景はWRCに欠かせない情景となっている。
前戦のエストニアから変わり、硬く引き締まった路面は幅広く、うねるようなジャンプが続き、平均時速は130km/h以上、最高速度に至っては200km/hにも迫る。
その驚異的な速度域で繰り広げられるラリーはしばし「フィンランドグランプリ」とも呼ばれ、モンテカルロと並ぶクラシックイベントの大御所だ。
開催場所はフィンランドのユバスキュラ市がメインとなり、森林地帯を舞台に本格的な超高速グラベルバトルが例年行われる。
その超高速グラベルイベントとしての性質から、旧来より地元フィンランド勢が圧倒的に有利だとされてきた。73年のWRC開催以来88年までフィンランド人ドライバーで勝利が紡がれ、89年はお隣スウェーデン出身のM.エリクソンが三菱ギャランVR-4で優勝、90年には史上初の北欧人以外の勝者としてC.サインツ(スペイン)がトヨタ セリカGT-FOUR(ST165)で優勝した。
その後も、92年にオリオール(フランス)、03年にマルティン(エストニア)など続き、近年はローブやタナックなど北欧勢以外の複数優勝も目立つ。
特に、近年は16年にK.ミークが英国人として初めてフィンランドを制し、17年は当時トヨタの若手であった地元ラッピが優勝、だがこのラッピの優勝を最後にタナックが勝ち星を重ね、21年にはエバンスも英国人2人目としてフィンランドを優勝しており、実はここ数大会連続でフライングフィン伝説が途絶えたままだ。
フライングフィン伝説の復活が期待される中、今年のラリーフィンランドは全22本のSSで競われ、競技区間距離は320.56㎞、総走行距離は1471.63㎞となる。
トヨタの第2故郷
ラリーが開催されるユバスキュラはトヨタが17年にWRCへカムバックして以来の開発拠点であり、実質のホームイベントだ。
17年のカムバック初年度にいきなりラッピが優勝し、18年~19年は当時所属のタナックが2連勝を飾っている。
20年はコロナウィルスの影響で開催されなかったが、21年の開催月を調整し10月となった秋のフィンランドでは先述の通りエバンスが優勝、トヨタはカムバック以来21年まで4連覇を果たしてきた。
しかし、昨年は敵陣に移籍し久しいタナックに勝利を奪われ、ロバンペラが2位、ラッピが3位と復帰以来の連続優勝記録を絶やしてしまった。
だが、ここ直近で22年までトヨタは勝率80%とフィンランドでの強さは明確なものがあり、むしろ昨年の22年に落としたのが稀有な例とさえ言える。
もちろん、強さの秘密はフィンランドで長年開発していること、関わるメンバーもフィンランドを知り尽くす人材が多く、開発の方向性やセッティングに至るまでノウハウは他チームより優れたることはイメージしやすい。
元代表のマキネンは94年から98年まで5連覇しているし、代表を務めるラトバラも2010年、2014年~2015年と3回の制覇を成し遂げている。
また、トヨタの若手育成に携わるヒルボネンも09年大会勝者だし、今期パートタイム契約のオジェも13年に優勝を経験している。
以上のことから、トヨタはフィンランドを知り尽くしている人材が豊富に所属しており、開発拠点であることと合わせて強さを物語るには十分な根拠と言える。
エバンス今季2勝目
では、この2023年のフィンランドを制したのは誰か?
エストニアのような先頭出走の不利を跳ね返し、地元ユバスキュラ出身のロバンペラが・・・と書きたいところだったが
彼はSS8でまさかのクラッシュ、マシンへのダメージが大きく翌日の再走も叶わずリタイアしてしまう。
だが、そこから驚異的な走りでトヨタ勢として優勝へGRヤリスをかっ飛ばしたのはエバンスだった。21年に優勝経験があり、その時はフィンランド2連覇中のタナックを向こうに回してスピードで全く引けを取らない走りを展開して優勝したが、正に今年も土曜日の彼は21年の再演をやってみせた。
金曜日終了時で2位のヌービルが6.9秒差につけていて、ロバンペラがノーポイントとなったため
追うエバンスもヌービルも、ここでの優勝は選手権を占う上でマストであり、明らかにヌービルはSS9からギアを引き上げた様に見えた。
エバンスは兎角ヌービルに対して競り負けることが多く、古くは2017年のアルゼンチンで0.6秒差で逆転負け。最近は第3戦メキシコで最後の最後に2位を奪われている。
他、2019年のツール・ド・コルスでは最後にパンクを喫し、エバンスの手から滑り落ちた優勝を拾ったのがヌービルなど、とにかくエバンスにとってヌービルというのは振り切れない相手、という悪いイメージが付きまとう。
土曜日、エバンスがヌービルに捕まってしまうのでは
筆者が気を揉む中、SS11のスタートからSS17までエバンスは連続ベストを記録。ステージウィンを積み重ねSS15ではヌービルに18.94 kmのステージで、7.8秒も差をつけてフィニッシュするなど
土曜日最終のSS18を終えて、6.9秒差は32.1秒までに開いた。
雨に濡れ続け、ぬかるみが目立ちマディながら高速ステージの様相を示した今年のフィンランドはエバンスにとって故郷のウェールズを思い起こさせたのか、この日の彼は本当に速かった。
日曜日もエバンスの圧倒劇は続き、SS20こそ僚友の勝田にベストを譲ったが、SS19、SS21、SS22(パワーステージ)を制覇しフルポイント優勝を果たして見せた。
ラトバラが選手復帰した都合で、チーム代表として豊田会長・・・否、"モリゾウさん"が現地で見守る中での完全制覇で、最高の結末をエバンスがプレゼントしてくれたのだ。
昨年は不振に喘いだエバンスだが、今期のクロアチアに続き2勝目を計上、ロバンペラとのポイント差を25ptまでに縮め、選手権争いで逆転への望みを繋ぎ、風向きを自身へ呼び戻した。
ラリーフィンランド 2023 最終結果
1位:エルフィン・エバンス/スコット・マーティン(トヨタ)
2位:ティエリー・ヌービル/マーティン・ヴィーデガ(ヒョンデ)
3位:勝田貴元/アーロン・ジョンストン(トヨタ)
4位:テーム・スニネン/ミッコ・マルクッラ(ヒョンデ)
5位:ヤリ-マティ・ラトバラ/ユホ・ハンニネン(トヨタ)
6位:オリバー・ソルベルグ/エリオット・エドモンドソン(シュコダ) ※WRC2
7位:サミ・パヤリ/エンニ・マルコネン(シュコダ) ※WRC2
8位:アドリアン・フォルモー/アレクサンドレ・コリア(フォード) ※WRC2
9位:ニコライ・グリアジン/コンスタンティン・アレクサンドロフ(シュコダ) ※WRC2
10位:アンドレアス・ミケルセン/トシュテン・エリクソン(シュコダ) ※WRC2
各チーム其々の週末
◆トヨタガズーレーシングWRT
トヨタは9戦中7勝を計上、この書き出しが、13戦中11勝とかになるまで勝ち星の積み上げが続いて欲しい限りだ。
すでにトヨタのシーズン勝利数は他のチームが抜けない数に達しており21年シーズンの9勝を抜くのが不可能ではない数を重ねている。7勝という数は既に昨年の勝利数と並んでいる。
今大会はSS8でロバンペラが消え、トヨタチームに緊張感が走ったが、エバンスの活躍は先述の通りで、更に3rdドライバーの勝田も躍動
ロバンペラがリタイアした後も、そのダメージを十分に補う結果でラリーフィンランドを締めくくった。
メイクスポイントスタンディングスでは10ptのリードを拡大。エバンスがフルポイントで勝ったことと、勝田の3位登壇パワーステージ4位で、追いすがるヌービルやスニネンが稼いだ7ptをしっかり帳消しにしつつ、純粋に順位でリードを拡大した格好だ。
次戦ギリシャは、昨年惨敗を喫したラリーだけに、GRヤリスRally1の進化の方向性が正しいのかどうかが問われる。特にサルディニアの様なウォータースプラッシュ対策をチームがどう講じてくるのか注目したい。
◆MスポーツフォードWRT
悪夢は再びタナックを襲った。フィンランドでSS1の幸先良い1番時計で幕開けを迎えたが、いきなりSS3でタナックもルーベも戦列を去ることになった。
タナックは車高を低く構えたセットアップで臨んだが、これがジャンプの衝撃で腹底を強打しエンジンに異常をきたしてしまう。結局これがどうにもできず、優勝候補の一角として数えられたタナックが真っ先にラリーからリタイアした。
ルーベもSS3でコーナーを孕みマシン後部を立木に強打、戦列を去り彼は翌日に再出走を果たしたものの
先のエストニアでは勝田に競り勝ち6位をゲットするなど目立つ走りもあったが、このフィンランドでは完全に置き去りとなり、目立ったシーンはみられなかった。
出走順の有利を生かして、この高速グラベルで選手権争いに大きく絡む予定だったであろうタナックの2戦連続の失望は彼にとってほぼほぼ選手権の終戦を意味してしまったに違いない。
◆ヒョンデ シェル モービス WRT
SS5でこのフィンランドにおける切り込み隊長ラッピを早々に失い、ロバンペラとエバンスを捕まえるのは不可能かと思われた。だが、アビテブール代表にとってみればロバンペラがクラッシュの一報で一瞬だけ"今季2勝目"がチラついたことだろう。
現にヌービルは金曜日のSS9から残るステージで一気にエバンスまで6.9秒差と縮めて見せ、好調っぷりを遺憾なく発揮した。だが、それまでであった。
土曜日はトヨタ勢に圧倒され、ラッピが消えた後、地元勢として起用したスニネンが3位を奪うも、土曜日最後で勝田に自力で奪い返される。
日曜日もその流れは変わらぬまま、全てのステージでトヨタ勢にベストタイムを奪取された。結果的にヌービルも2位キープ切り替え、スニネンも最終的には4位、昨年チームとして初優勝を飾った地で再びの歓喜とはならなかった。
ラリーフィンランドのおわりに
【勝田堂々の3位表彰台】
エストニアでは不本意な結果に終わった勝田だが、このフィンランドでは雪辱を誓って臨み見事に3位登壇と言う形で結果を示した。
ロバンペラやタナックといった上位陣の総崩れもポジションアップの一因ではあるが、勝田自身も速さで魅せる場面がありSS2でいきなりベストタイムを奪取。
その後も土曜日では3位を争うスニネンに一時自身のミスによるスピンで3位を明け渡してしまう場面があったが、土曜最終のSS18で勝田は奮起、スニネンに6.5秒差を叩きつけるベストタイムで3位を奪還した。
日曜日、のこる4ステージを競う3位争いは激化、勝田は地元スニネンに対し一歩も引かぬスピードで応戦、最終パワーステージは持っていた6.3秒差を上手くコントロールしながらステディに走り抜け
自身初の欧州ラウンドにおける表彰台、すなわち日本人初の欧州ラウンド初表彰台を達成した。通算としては4度目の表彰台で、21年ケニア、22年ケニア、22年日本に続く4回目だ。
更に、このフィンランドでは選手として出走したラトバラに代わって1戦限りの代表としてモリゾウさんも現地に来ていたため、モリゾウさんと表彰台でシャンパンファイトをするなど、素晴らしい週末を手繰り寄せた。
【優勝候補群の総崩れ】
SS3でタナックが、SS5でラッピが、SS8でロバンペラがと優勝候補が軒並み金曜日で消え、みなデイリタイアではなくイベントリタイアという錚々たるものであった。
開幕前はだれもが、その3名のうち誰が1位になっているのだろうかと予想していたはずだ。特に出走順で砂利かき役は免れるタナックとラッピにロバンペラがどう立ち向かうのか、そう考えていたスペクテイターは少なくなかっただろう。
だが蓋を開けてみれば金曜日で3人諸共消え去った。
タナックがジャンプの着地に関連するエンジントラブル
ラッピはコーナーを処理しきれず立木に激突
ロバンペラはうねるS字の切り替えしでラインを外してクラッシュ
この衝撃の展開は、今シーズンのハイライトと言っても良いだろう。
スニネンには大きなチャンスになった可能性はあったが、まだRally1車両2戦目の彼にとって、それを狙うにはあまりに荷が重かった。
【代走、俺】
このフィンランド、トピックはまだまだある。
トヨタのチーム代表を務めるヤリ-マティ・ラトバラが1戦限りの現役復帰を果たしたのだ。
今シーズンもトヨタが優位かつ堅調にシーズンを進めていたため、諸々の条件をクリアしたと判断されたことで実現した1戦限りの現役復帰だ。
Rally1車両にチーム代表が乗ってラリーを戦うなど、他のチームではまず出来る事では無く、正にトヨタだからこそとも言える。
ラトバラ本人も、この経験はとても特別で、今後の選手達とのコミュニケーションに関して大きく役に立つとも話していて、笑顔を弾けさせながらこのフィンランドを楽しんでいた。
注目の代走、俺のリザルトはなんと総合5位!先述の通り、優勝候補が軒並みリタイアした部分もあるが、ラトバラは丁寧にクルマをゴールまで運んでパワーステージも1ptをゲットするなどとても満足かつリラックスした様子で日程を終えた。
2019年のドイツの様な表情が強張ったラトバラではなく、終始笑顔で本当に楽しんでいる様が見て取れる4日間であった。
次戦は神々のラリー
次戦アクロポリスは9月7日~9月10日に行われる。ギリシャの山岳地帯を舞台に荒れたラフロードが選手達を待ち構える。
昨年はここでヒョンデが表彰台を独占し、トヨタは惨敗を喫している。
ポディム独占に酔いしれたヒョンデだが、ここでのタナックとヌービルを巡るチームオーダーが、タナックのヒョンデ離脱の一因とされており
タナックにとってはある種因縁のイベントとなる。選手権5位の彼は出走順で有利になるためスウェーデン以来の優勝を狙うのはもちろん、古巣ヒョンデが目指す2連覇の野望を打ち砕くかもしれない。
グラベル7連戦も残すところギリシャとチリのみ、ギリシャもどうなるか見てみよう。
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