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【富士山お中道を歩いて自然観察】番外編 シラビソとオオシラビソ その2
富士山には、シラビソ、オオシラビソ(別名アオモリトドマツ)、コメツガ、トウヒ、カラマツなど、マツ科の針葉樹が複数種類が分布しています。
この番外編では、前回に引き続きモミ属2種(シラビソとオオシラビソ)についてご紹介します。
(前回の記事をその1とします↓)
その1 では、
亜高山帯林は太平洋側ではシラビソが主体に、日本海側ではオオシラビソが主体になること
それは雪と関係があること
を挙げました。
太平洋側視点で、分布の違いを考えると
シラビソとオオシラビソの分布の違いはなぜ起こるのでしょうか?
前回は多雪環境からの視点、つまり日本海側の視点で考えましたが、小雪環境の太平洋側視点でも考えてみましょう。
今回は、「亜高山帯針葉樹の生態地理学的研究」(梶 1982)を読み解いていきます。
その中では、太平洋側視点でシラビソとオオシラビソの分布が分かれる理由を考察しています。
シラビソの高い寒さ耐性
まず、過去の研究で、オオシラビソよりもシラビソの芽(次年度に新葉になる部分)の耐凍性が高いことを紹介しています(シラベはシラビソの別名)。
5年生苗の芽の耐凍度が、ウラジロモミとオオシラビソが-25℃であるのに対しシラベは -35℃という高い耐凍度を示した。
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開葉間近になると芽の膨らみが大きくなる(富士山6月)。
また、遅霜が起きた時、シラビソの害はオオシラビソよりも少なかったという例を挙げています。
つまり、シラビソはオオシラビソよりも寒さに耐性があることが、シラビソとオオシラビソの分布を分けるポイントであることを指摘しています。
積雪と寒さ?
シラビソは寒さに強いことが、太平洋側で優勢となる理由とどんな関係があるのでしょうか。
太平洋側と日本海側の違いは、雪の量でした。
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森林限界付近のオオシラビソ
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森林限界付近のシラビソ。同じ時期の乗鞍と比べて雪の少なさが分かる。
山岳地帯のような厳しい寒さや強風にさらされる環境で越冬する植物にとって、雪に埋もれることには良い効果があることが知られています。
雪の下は外部よりも暖かく、湿潤な環境が保たれるからです。
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地表付近の温度は約 0℃ある。これは雪面付近(積雪約200 cm)より暖かい。
出典 「高山植物学」第1章 p.7 図1.4
太平洋側・日本海側に関わらず少なくとも雪が積もる亜高山帯では、まだ若くて背の低いシラビソやオオシラビソの実生や稚樹は、冬の間雪に覆われるため、寒さや乾燥を避けることができます。
しかし、雪解けが進み始めた頃の太平洋側では何が起こるでしょう?
太平洋側では、雪の多い日本海側よりも早い時期に雪の覆いが失われるのは想像に難くありません。
そして春先に再び寒波がやってくることだってあります。
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(富士山4月中旬)
そのような時にシラビソの寒さ耐性は効果を発揮するのでしょう。
このような経緯によって、シラビソが太平洋側の亜高山帯林で主体になる(つまり、オオシラビソが太平洋側では主体にならない)のかもしれません。
北八ヶ岳のオオシラビソ
さて、「亜高山帯針葉樹の生態地理学的研究」(梶 1982)の中には、興味深い記載がありました。
北八ヶ岳にある天狗岳周辺では、シラビソ、オオシラビソどちらも分布しています。
そこで、6月〜7月の新芽の開葉時期を調査したところ、オオシラビソの開葉がシラビソよりも10日ほど遅いことが分かりました。
オオシラビソの開葉時期が遅いことは結果的に晩霜害の回避につながり、北八ヶ岳でオオシラビソが生き残るよう作用しているのではないかと指摘しています。
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シラビソが主体だが、オオシラビソも混成している
他にもいろいろありそう
ここまで、オオシラビソは融雪後の湿潤環境に強いこと(前回の参照)、あるいはまたシラビソは寒さ耐性が強いことが、日本海側と太平洋側に分かれると考えられていることをご紹介しました。
他にも分布を分ける要因はいろいろ考えられていて、例えば、春先の乾燥ストレスへの耐性や、雪圧への耐性などの視点から研究がされています。
これらについては、いつかご紹介できるよう資料をまとめておきます。
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若葉は緑色が薄いため、この時期の枝は縁取られて綺麗(蝶ヶ岳7月)
これから亜高山帯を歩くときに、シラビソやオオシラビソのこのような背景を思い出していただければ、楽しい山歩きになるのではないでしょうか。
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引用・出典
梶 幹男「亜高山性針葉樹の生態地理学的研究」東京大学農学部演習林報告 72号, p.31-120(1982-12)
増沢武弘 編著「高山植物学」 共立出版, 2009
シラビソについてはこちらでもたびたび登場します。ぜひご覧ください↓