見出し画像

【富士山お中道を歩いて自然観察】番外編 シラビソとオオシラビソ

富士山には、シラビソ、オオシラビソ、コメツガ、トウヒ、カラマツなど、マツ科の針葉樹が複数種類が分布しています。

今回は、マツ科のうち、モミ属の2種(シラビソとオオシラビソ)について、書籍からの情報を中心にご紹介します。


外見的な違い

外見的にはよく似ているので見分けに迷うことがありますが、見慣れてくると葉の並びや樹皮が違うのでなんとなく分かります。

枝から漂う柑橘系の香りの違いで分かる!という人もいますが、私には難しいです。

シラビソ

シラビソ(別名シラベ)
亜高山帯の針葉樹林に生える常緑高木。
同定のポイント/①樹皮に環状に並んだ粒々の皮目が目立ち、ところどころに横長のやに袋が見える。②若枝には淡褐色の短毛がある。葉は2列状に平面に並ぶ。

出典 山と渓谷社 「山渓ハンディ図鑑8 高山に咲く花」 2002

シラビソは富士山でよく見る針葉樹の一つで、お中道の図鑑でも取り上げています。

シラビソの葉1
髪の分け目のように”葉の分け目がある”ように見える(富士山)
シラビソの葉2
明るいところでの葉は立ち上がる(富士山)


オオシラビソ

オオシラビソ(別名アオモリトドマツ)
亜高山帯の針葉樹林に生える常緑高木。
同定のポイント/①樹皮は灰白色で青みがあり、平滑。②若枝に赤褐色の軟毛が密生し、葉は枝の全面に放射状につく。

出典 山と渓谷社 「山渓ハンディ図鑑8 高山に咲く花」 2002
オオシラビソの葉
シラビソよりも葉が密生している。葉1枚1枚も短め(蔵王連峰)


分子系統的には・・・

シラビソとオオシラビソは同じモミ属ですが、実は似て非なるものです。

陶山・津村( 2013)によると、シラビソは東アジアに広がる北方針葉樹の一つですが、オオシラビソは遠く離れた北米に分布するモミの仲間に分類され、両種は系統的には大きく異なっています。

ちなみに、北海道に分布するトドマツはシラビソと極めて近縁関係にあるそうです。
確かにトドマツとシラビソの外見はそっくりです。

オオシラビソの別名がアオモリトドマツなのは、"青森で見られるトドマツ” ということでしょうか。


分布の違い

太平洋側のシラビソ、日本海側のオオシラビソ

さて、富士山での亜高山帯林の主体はシラビソであり、オオシラビソではありません。他に、奥秩父や南アルプス、八ヶ岳でもシラビソが優勢です。

つまり太平洋側に位置する山々ではシラビソ(一部ではツガ属のコメツガも)が亜高山帯林の主体です。

富士山4合目のシラビソ林
北八ヶ岳のシラビソ林
縞枯山で有名な、しま枯れ現象はシラビソで起こります


一方のオオシラビソは、北アルプス北部や苗場山などの日本海側の山々や、東北地方の蔵王山や森吉山、八幡平、八甲田山などで亜高山帯林の主体となります。

蔵王の樹氷
スノーモンスター(樹氷)の骨格は、オオシラビソでできています
森吉山のオオシラビソ林
森吉山もスノーモンスターで有名です


なぜ分布域が異なるのか

亜高山帯林が太平洋側ではシラビソ林、日本海側ではオオシラビソ林になるのはなぜでしょうか?

その理由は、雪と関係があるようです。

「雪山の生態学 東北の山と森から」の第6章では、以下のように書かれています(アオモリトドマツはオオシラビソの別名)。

アオモリトドマツは,少雪山地では他種に圧倒されて劣勢であるが,積雪の増加につれて他の樹種の勢力が低下するとともに相対的に優占度を増し,多雪山地ではひとり勝ち状態になる.

出典  東海大出版「雪山の生態学 東北の山と森から」
梶本卓也・大丸裕武・杉田久志 編著 2002 
図 亜高山帯樹木の優占度の変化
出典 上記「雪山の生態学 東北の山と森から」第6章 p.76 図6-1

この章では、シラビソと同じように太平洋側の亜高山帯林の主体となるコメツガが、なぜ日本海側では少なくなるのかについて検討しています。

早池峰山での調査の結果、多雪環境下でのコメツガは、発芽後数年以内に消滅してしまうことが分かりました。それと比べてオオシラビソは高いレベルで実生密度を保っていました。

こうなる理由を、大量の雪解け水による地表の水浸し環境が長く続くことが、コメツガ実生の枯死に繋がるのでは、と述べています。

そして、

多雪環境下においてコメツガの稚樹定着が地表上で著しく阻害されるのに対し,アオモリトドマツではあまり阻害されないことがわかる.この性質の差によって多雪環境下でのコメツガの劣勢,アオモリトドマツの優勢が引き起こされると考えられる .

出典  東海大出版「雪山の生態学 東北の山と森から」
梶本卓也・大丸裕武・杉田久志 編著 2002

とまとめています。

コメツガでの研究ではありますが、多雪環境下での実生の定着阻害がシラビソでも言えるのかもしれません。


現在の分布状況と関連して、シラビソやオオシラビソなどの亜高山帯林の成立史も大変興味深いので、次回にまとめてみます。

そして太平洋側と日本海側の違いは、落葉広葉樹であるブナでも面白い研究がありますので、こちらもご紹介できたらと思います。

**********************
引用・出典

  • 清水建美 編・解説, 木原浩 写真「山渓ハンディ図鑑8 高山に咲く花」山と渓谷社, 2002

  • 陶山 佳久・津村 義彦「日本産針葉樹の遺伝的多様性」地球環境 Vol.18 No.2 127-136 (2013)

  • 梶本卓也・大丸裕武・杉田久志 編「雪山の生態学 東北の山と森から」東海大出版, 2002



シラビソについてはこちらでもたびたび登場します。ぜひご覧ください↓


いいなと思ったら応援しよう!