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華人会館でシンガポールの教育事情を垣間見た話

2018年、ある華人会館に呼ばれセミナーの一いちセッションでパネリストとして登壇する機会があった(といっても小さなものだが)。

これのセミナーはその会館が設立した小学校に子を入学させることを考えている親が参加するものだ。二部構成になっていて、前半はいかにバイリンガル教育が重要かを伝える「バイリンガルとさらにその先」、後半はその会館が設立した小学校に入るために必要な要件などについての実際に子どもを入学させることができた親の体験談と会館の人のコメントからなる。参加者は全員中華系。私はパネリストとして前半のセッションに登壇した。

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まずは前半、参加者は会館からの女性のファシリテーターと、パネリストとして中国語が話せる自分、同じく中国語が話せるフランス人男性、中華系シンガポール人男性。セッションの狙いはいかに子どもが中国語を話せるようになることが重要かということを父母に感じてもらうこと。まずはファシリテーターの女性が、中国語を話せることのメリットをスライドを使って説明。説明は英語。欧米人と中国人の考え方の違い、いまやグローバルに活躍するアリババなどの中国企業などについて。要は中国語ができた方が子の将来絶対有利ですよと。その後、ファシリテーターや聴衆の父母がパネリストにいろいろと質問する。自分からは、例えばサッカー選手になるのは大変だが、中国語ができること+何かスキルや得意分野を二つ組み合わせれば10かける10かける10で1/1000の人間になれるので、今後の競争社会においても負けない自分の領域を持てるという話をした(アリババ・ファーウェイなどが、積極的に東南アジアに進出しスマホ領域だけじゃなく、都市開発にまで関わり始めている事例も用意しておいたが、流れ的に使わなかった)。最初は英語でのやりとりだったが、だんだん全体のやりとりが中国語になってゆく。パネリストと聴衆のやりとりのなかで、印象に残っているのは聴衆の女性が「中国語が得意でないので英語で質問させてください。私は家で子どもと英語で話しています。いまから子に中国語を話せるようにさせることはできるのでしょうか?」と質問したのに対し、シンガポール人のパネリストは「私も家の中では英語の環境のなかで育った。あとから中国語も福建語も勉強して覚えた。また、自分の子もそうだったが、あとあと中国語が重要であると思い子に中国語を勉強させようとしたがなかなか興味を持ってもらえなかった。ただお寺などに何度か連れていき、建物のあのデザインは何を表していて…など話してたら次第に興味を持ったようで、そのあとは自ら中国のドラマなどを見るようになった。興味を持てば子は自ら勉強するようになる。親として重要なのは子を中国・中国文化のいろいろなものに触れる機会を提供することだ」。確かにそうだと思ったし、質問した女性もなるほどと頷いていた。子ども世代、家庭における中国語離れは進んでおり、そのような環境を作っている子の親自体もまた危機感を抱いているという状況となっている。元中国人でシンガポールで生まれ育った方は「シンガポールの教育はレベルが高いと言われるが、実際に自分がシンガポールの大学で学んでみて、それは中国の上位大学に比べるとそれ程でもないのではと感じた。子をシンガポールで大学に行かせるべきかどうなのか」との質問だった。元々中国人ということもあり祖国中国の教育水準の高さを強く意識しているのだろう。これに対しては、自分は「シンガポールの大学はスタートアップの育成に力を入れていたり、学生も希望すればスタートアップと一緒にビジネスをする機会があったり、そういう場は少なくとも日本の大学以上、世界でも有数な程度提供されているように思う。いかに学生自身が大学を利用するかだ。」と答えた。司会の人もそれには賛成意見を言っていた。

前半が終わったら一部のパネリストは退場なのだが、せっかくなので後半も傍聴させてもらった。学校に入るために必要なことのセッション。このセッションはすべて英語であった。まずは前半でも説明していた会館側の女性による系列の小学校の特徴の説明。これらの小学校はシンガポールのなかでも評判がよく、子を入れさせたい親も多い。中華系学校の売りとして、他の学校よりも中国語で教えるクラスが多い。さらに中国語強化対象として選抜された児童は一般のカリキュラムに上乗せで中国語の授業や、中国文化に触れる課外活動、中国への修学旅行などがあるとのこと。そして、パネルディスカッション。パネリスト3名はいずれもその会館の系列の小学校に子どもを入学させることができた親。いわば彼らの成功体験をシェアし、そこから参加者が学びを得ようというものだ。というのも、シンガポールには学校自体は公立だが、学校の人気不人気があり、親は人気の学校に子どもを入れるべく努力する。ではどのような努力をするのか。その会館が設立に関わった学校に子を入学させたい場合、その会館の推薦を得ることで入学し易くなる制度があるようだ。公立の小学校はどの学校を受けたいかを申請する。申請には順序があり、①まずは親や兄弟がその学校の出身者、②次にそれ以外、③最後が②で漏れた場合のリベンジのような三段階に分かれている。①は子の進学を考えている時点ではどうしようもないので、特定の小学校に子どもを入れたい親は②から頑張ることになる。そこで、この推薦が重要になるのだ。また推薦以外にも、目的の学校の近くに住んでいることが重要で、学校から1km圏内に住んだ方がいいそうだ。パネリストのうちひとりはわざわざ子の学校入学のために目的の学校から1km圏内の家を買ったそうだ。後で聞いた話でもこういうケースは多いらしい。その学校に入れることが確約されているわけではないのに学校近くに家を買う。結果的に入れなければ遠い距離別の学校に通う必要がある。ギャンブルのようなものだ。シンガポールの親、とても大変である。そして会館から推薦を受ける話。会館から推薦を受けるには2年以上前から会員であること(そもそも会員になるためには子と父親がその祖籍である必要がある)、会館から与えられるボランティア機会での計80時間のボランティアが必要とのこと。ボランティアが必要なのはこの会館系列の学校に限ったことではなく、他のクリスチャン系の学校なども同様なのだそうだ。ここでのボランティアは天后宮のお祭りの運営サポートだったり、媽祖のお祭りへの参加、または老人ホームでのボランティアだったりする。一般のボランティアではなく、その会館が提供するボランティア機会に申し込み実施することが必要だそうだ。聴衆が「自分は△△会館という○○会館の下部にあたる会館(中国の地名だと○○が省で△△が市のレベル)でボランティアを行ったことがあるのだが、それは含まれるのか?」との問いには会館の関係者は「まずは直接この○○会館のボランティアではなくてはならない。またそれは、この会館が募集を行ったボランティアに対し応募する形でなければならない」とのことだった。そして必死な父母からのこんな場合は?こんな場合は?という質問は1時間以上続いた。最後に会館の偉い方からのお言葉。「天后宮や媽祖のお祭りのボランティアなどに関する質問も出たが、言っておかなくてはならないのは、会館は特定の宗教を会員に強いることはしていない。あくまでボランティアとして捉えてほしい。」とのことであった。以上で終了である。

↓終了後のケータリング

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子の教育のために親が学校の近くに家を買うことまで躊躇わないため公立小学校でありながらあそこは人気で入るのが難しいだとか、そういった競争が生まれる。そのなかにおいて、この会館系列の複数の小学校も人気となっており、成功しているといえる。親はその小学校に子を入学させるため会館のメンバーになり、会館のためにボランティアをする。こうして会館のメンバーは増え、華人の伝統は引き継がれていく。よくできたシステムだし、一方そうでもしないといけないほど文化を引き継ぐことは簡単でないのだとも思う。シンガポール、生活すること・働くことにおいては日本よりはストレスがないように思う/思われているが、こと子の教育においては、父母はものすごいストレスのなかで葛藤、格闘しているというのを垣間見たのであった。

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