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中国 梅州・大埔 2019年11月

高鉄に乗って梅州へ。終点の梅州西駅に着く頃には車内はガラガラに。駅で降りたときも数人だった。鉄路先行とあるが、まさにそうなのだろう。高鉄は快適ですね。昔の鉄道と違い座席の下とか網棚で寝てる人はもういない。

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中国 広東省 梅州、客家華人の故郷だ。この日の宿は客家の伝統家屋を旅館に改装したところで素晴らしかった。2019年2月にオープンしたばかりとのこと。一泊5千円しないくらい。一つ一つが洗練されてて、それをゆったり楽しむみたいな嗜好の人が増えてるのではと感じた。

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他の写真。よく改装したなぁと。天井に金魚が泳いでる。

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泊まった部屋(1、2枚目)と別の部屋(それぞれドアが開いてたので)。学生時代にはできない贅沢をしたつもりだったが(5千円しないけど)、伝統家屋の活かし方を見れてとてもよかった。まだオープンして半年とのことでうまくいってほしいと思う。

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夜の写真 

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中国 広東省 客家の故郷梅州にある中国客家博物館。客家は長い年月をかけて中原から広東・福建を経由し広西や四川までへも移民していった。台湾にもおり地域ごとにもその 割合は異なる。科挙合格者を多く輩出したことでも有名だ。

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中国広東省 客家の故郷梅州にある中国客家博物館。客家の住居といえば円楼が有名だが他にも四角形、要塞のようなものも。なかでも興寧、梅州といった地域で最も典型的なのが囲龍屋と呼ばれる伝統家屋。半円形に連なった住居とその前の半円の池が特徴的。池は風水を重んじる客家ならでは。

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中国広東省 客家の故郷梅州にある中国客家博物館。客家は多くの移民を送り出し、現地に多大なる貢献をした者もいた。マレーシアのセレンバン(芙蓉)とKLでカピタンになった者、タイで錫鉱山・ゴム農園事業を成した者など。客家の団体は世界中に存在し、1〜2年に一度総会も開かれている。

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中国広東省 客家の故郷梅州にある中国客家博物館、併設の伝統建築を活用した資料館。建物内の屋根のない部分(天井という)は採光や雨水を集めるため。ちなみに「天井」って名前も役割も南洋のショップハウスにあるものと同じだ。このアイデアを取り入れてるのだろうか。

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ボランティアのこと、 学雷锋志愿服务っていうのか。

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中国広東省 客家の故郷梅州市内を流れる梅江の北側は旧市街のようで伝統家屋が多い。なかでも目立つのはこの黄遵憲という詩人・外交家・政治家の育った家。日本の明治維新について40巻の書籍にまとめ、それを湖南で実践したのだそうだ。彼を記念した中学校もそばにあった。

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中国広東省 客家の故郷梅州、科挙合格者を多く輩出した場所だからか街で見かける子どもは皆勉強してる。

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シンガポールやマレーシアでも売ってるポメロ、梅州とその近郊の特産なんです。現地では金柚とか蜜柚とか呼ぼれてる。郊外の村まで足を伸ばすと広大なポメロ畑が。ほら、なってる。

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中国 広東省 梅州、Didiの運転手は広東語の歌を聞いている。地元の人が話すのは客家語だが文化芸能は広東語圏なのか。

中国広東省 客家の故郷梅州でもシンガポール・マレーシアでよく見る食べ物がたくさん。河粉(Hor Hun)、卤鸭、 3枚目の左側は豚レバーのスープ、绿豆汤。ちなみに3枚目の腌面というのも梅州名物のようで至る所にあり味は葱油拌面みたいで美味しかった。

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中国広東省 梅州から三河坝を通って大埔へ。三河坝は梅州を流れる梅川と汀江が合わさり韩江になるところ。八一南昌起義軍と国民党軍の戦いがあったところだそう。大埔县自体は思ったよりビルも多くでも一歩路地に入ると伝統家屋、廟などが見受けられる。梅州同様围龙屋も多く見られる。

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中国広東省梅州近くの大埔、ここも多くの客家華人を送り出した。Didiドライバーによると、大埔の特産は磁器とポメロ。だいたい多かれ少なかれ親戚が海外に行っている。大埔籍の半分は在中国、半分は在外華人だ。昔はとても貧しかった。醸豆腐は家庭料理のため家庭により調理法は様々。

中国広東省 大埔县、街中はまさに 整備中のところもあった。全体的に猫が寝てたりのんびりした雰囲気。勉学を重んじる客家、また在外客家の寄付があったからなのかはわかならいが学校はとても立派。ホテルの部屋には茶器。

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中国広東省 大埔县、梅州同様麺屋さんが多い。麺は梅州でよく見た腌面と同じだが、麺にネギ油と揚げにんにくが絡んで大変美味しかった。一緒に出てくるスープも梅州同様 猪肝の入ったあっさりしたもの。麺が塩味なのでちょうどよい。

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中国広東省 大埔县、客家華人の故郷だ。1764年に建てられた泰安楼、作りは福建省永定の客家円楼に似ているが、全面と側面は直線、後ろだけ少し丸みを帯びて囲龍屋の雰囲気もある。前には半月池もある。以前は藍姓の数百家族が住んでいたが皆外へ引っ越し今では数家族が住むのみとのこと。

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中国広東省 大埔县百侯镇、多くの伝統家屋、围龙屋、家廟がある。家廟が展示施設にもなっていてこの地域出身の多大な貢献をした客家人を紹介、マレーシアで事業を成しこの地に中学校を作ったり多くの学校に寄付した等。大夫第とは官僚の住居だがこれも馬国華僑の寄付で修理したとある。

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中国広東省 大埔县百侯镇、客家の伝統家屋である围龙屋は風水的な意味からその前に半月池があるのだが、梅州でみたのと違い水がきれいで手入れされてるよう、またそこでアヒルを飼っているようだった。半月池を潰してしまい畑や家畜放し飼いスペースにしている箇所も多く実利的である。

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中国広東省 大捕埔县百侯镇、南麓公祠。在外華僑の努力もあり再建したとある。寄付者に雪隆茶陽会館、雪隆茶陽回春会館とある。雪隆とはマレーシア セランゴール州のこと。マレーシア華人から2019年9月に春秋の祭礼のための寄付があったことを感謝する貼り紙もあった。今でも繋がってる。

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中国広東省 大埔县百侯镇、こんな洋風も混ざった建物もある。よく見ると英語で1917 BUILDと書かれている。4枚目の浮き彫りのデザインは シンガポールのショップハウスの柱にあったのに似てる気がするなぁ。

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広東省 大埔县百侯镇。シンガポールで客家料理というとヨンタオフー(醸豆腐)が有名だが、ついにその客家の故郷で醸豆腐を食す。 見た目はかなり近い!改めて本来は豆腐自体のことを指すのだと知る。良く煮た大豆と小エビの出汁で味付けもなかなかよい。家庭料理で調理法は様々だそう。

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梅州市、大埔、百侯で感じたのは子供が多く、そしておじいちゃん・おばあちゃんが子育てをしている。運転手の話も含めると多くの働き盛り世代は広州、深圳ヘ働きに出ているのだろう。中国の地方都市、子育て終わったらまた子育てとはなかなか大変である。(写真は百侯镇)

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