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コルグとDSD (その2)

前回に引き続き、今回もコルグのDSD/ハイレゾ関連技術の歴史を振り返ってみようと思います。

MR-2000SとAudioGate v1.5/2.0 ('07~'09)

2007年に入ると、MRシリーズの次機種として「MR-2000S」の開発と並行して、AudioGate v1.5やv2.0の開発がスタートしました。いずれも、前機種で得られたフィードバックをもとに、性能や機能を強化したもので、私も研究者というよりは開発者として日々奮闘していました。MR-2000SはMR Control Linkによるマルチ・チャンネルDSD録音、AudioGateはFLACやALAC、AAC、WMAなど様々な圧縮コーデックへの対応、CD-DAやDSDディスクの作成機能などがフィーチャーされました。

MR-2000S

PCでのネイティブDSD録音再生 ('08~'09)

一方で、当時の私自身の興味としてはPCオーディオに移っていました。

2005年4月にはASIO 2.1 (DSDモード) が発表され、DSD録再に対応した「Sound Reality搭載VAIO」が同年9月に発売となっており、時代は間違いなくその方向に進んでいました。

SoundReality搭載VAIO

VAIOのDSD機能は大きな注目を集めていた一方、問題も抱えていました。PCの付帯機能という性質上、オーディオ・コーデックのICを (ノイズの巣窟ともいえる) PC内部に搭載していたため、オーディオ品質はあまり良いとは言えませんでした。(当時、PCレコーディング・システムのオーディオ入出力は、ノイズを避けるため、FirewireまたはUSB 2.0オーディオ・インターフェイスを使うのが一般的でした。)

何とかDSDに対応したUSBオーディオ・インターフェイスを作れないものか... MR-2000開発の裏で、2007年春頃から少しずつ検討を始め、2008年2月頃には初期プロトタイプが動き始めていました。これは、ASIO 2.1を経由し、DSD 5.6MHzでステレオ録音・再生が可能なPCアプリ試作 (コードネーム: Mix Juice) と、評価ボード上で動くUSBオーディオ・インターフェイスという構成でした。

Mix Juice (試作ソフト)

今考えると、ここまでの技術でDSD対応USB-DACを2008年中に製品化していたらかなり革新的だったのですが、当時はまだDSDやハイレゾが一般的でない時代。OTOTOYe-onkyoがDSD配信を開始したのも2010年ですので、製品化は「DS-DAC-10」(2012年発売) まで待つ必要がありました。

Clarity ('09~'10)

2008年末にMR-2000Sが発売、2009年5月にAudioGate v2.0も完成し、開発チームは「MR-2」の開発に移行しました。一方で、私は3人のチームを編成し、次世代DSDの研究に着手しました。

テーマは「CPUネイティブのDSD-DAWシステム」で、前述のMix Juiceプロトタイプを発展させ、
・DSD 5.6MHz対応の8入力/8出力のUSBオーディオ・インターフェイス
・CPUネイティブで動作するDSD対応DAWソフトウェア
を少人数、短期間で作る何とも野心的なプロジェクトでした。

当時DSD対応DAWとしてSONOMAやPyramixなどは存在していましたが、いずれも専用の信号処理ハードウェアが搭載された高価なマシンが必要。サンプルレートも2.8MHzのまま止まっており、MR-2000Sでマルチ・トラック録音した5.6MHzデータを編集する術が全く無い状況でした。(Pyramixが5.6MHzや11.2MHzに対応したのは、4年後の2013年でした。) 一方、PCに搭載されたIntel CPUは年々高性能化していた時代で、そろそろCPUネイティブでマルチトラックのDSDを扱えるのではないかという感触がありました。

この時、開発したのが「MR-0808U」という8chのUSBオーディオ・インターフェイスと、Windows上で動作する「Clarity」(コードネーム: Millecrepes) というDAWソフトウェアで、2010年10月のAES Conventionで一部の業界関係者向けに発表されました。

Clarity

トラック数無制限、DSDドメイン編集(クロスフェード、EQ、ミキシング)、オートメーション、5.1ch Surround Panner、MIDIコントロール (MMC, HUI, Mackie Control)、MTC同期など、時間が許す限り考えつくものを全て詰め込んだ究極のシステム。

結局このシステムが市販されることはありませんでしたが、この時の研究成果が、後の「DS-DACシリーズ」や「PrimeSeat」、そして今回の「Live Extreme」として長く活用されていくことになります。

USBDAC-SとUSBDAC-A ('10~'11)

Clarityプロジェクトが終了する頃には、OTOTOYやe-onkyoでのDSDダウンロード・サービスも始まり、オーディオ業界もPCオーディオやハイレゾ再生に注目し始めている頃でした。

会社としてClarityの次の展開を模索していた時期、Clarity開発チームは余った時間にMR-0808Uを改造して、当時流行り始めていたUSB-DACを2機種試作したりしていました。

1つ目が「USBDAC-S」と呼ばれていたもので、これが後に「DS-DAC-10」として、ほぼそのまま製品化されます。(エンジン部はMR-0808Uと全く同様ですので、実は8in/8outできるシステムのうち2outしか使っていないという、なんとも贅沢な構成でした。)

もう一つが「USBDAC-A」と呼ばれていたもので、これは個人的にお付き合いのあったAccuphaseの協力を得て開発した、AAB(Accuphase Analog Bus)準拠のUSB-DACでした。後者は試作のまま終わりましたが、その音の良さは今でも深く印象に残っています。

DSD対応USB-DAC (試作)

DS-DACシリーズと新AudioGate ('12~)

2010年発売のMR-2以降、コルグはPCオーディオ・ブームを追い風に、DS-DACシリーズ (DS-DAC-10DS-DAC-100DS-DAC-100m) や、PCオーディオ・プレイヤーとして生まれ変わった「AudioGate 3」、iOSアプリである「iAudioGate」といった再生ソリューションにフォーカスしていきます。

いずれもClarityの技術資産を活用していますが、私自身は海外R&Dとのシンセサイザー・プラットフォーム開発プロジェクトに参加しており、この時期のDSD製品開発には直接携わっていませんでした。

ただし、この頃からHTML5を中心とするウェブ技術に興味を持ち始め、Googleのサンフランシスコ・オフィスで行われたWeb Audio Working Groupにオブザーバーとして参加したり、AMEI内のWeb MIDI Working Groupのメンバーとなって「Web Musicハッカソン」を開催するなど、Web Audio/MIDIの普及活動に携わっていました。AudioGate 3やPrimeSeatの設計はこの頃の思想に明らかに影響を受けていますし、最終的にはLive Extremeの「ブラウザ・オーディオ」というコンセプトに結実します。

Web Musicハッカソン

次回は「PrimeSeat」や「Nu I」周辺技術、そして本題である「Live Extreme」に至るまでの道のりについて書こうと思います。

[参考] DSD年表 (その2)

DSD年表2-1
DSD年表2-2


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