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2023年振り返り

新年明けましておめでとうございます。昨年は立体音響技術の導入や海外進出など、Live Extremeにとって技術的にもビジネス的にも大きなターニングポイントとなる1年でした。今回はこの1年を各ウェブメディアに掲載されたニュースや特集記事とともに振り返ってみようと思います。


年間配信公演数の増加

2020年10月の初配信以来、Live Extremeを使った配信は通算137公演となっています(2023年12月31日現在)。2020年より続いてきたパンデミックが収束したことで、世間的に昨年はライブ配信バブルが弾けた年と言われていますが、もともとハイエンド(ニッチ)市場を狙ったLive Extremeは、現在でも配信件数が増加傾向にあり、昨年は年間68公演を達成しました。

Live Extreme年間配信件数

今年は後述の海外展開などもあり、更に成長できる1年になるのではないかと期待しています。

イベント配信

音楽コンサート以外にも音質が求められる配信は多く存在し、ここでもLive Extremeが有効活用されています。実は昨年配信した68公演のうち2割が音楽コンサートではないイベント系の配信(非公開イベント含む)でした。

以下にその代表例をご紹介します。

Live Extreme初のASMR配信

ASMR音声作品(人の聴覚や視覚を刺激する、ゾクゾクしたり、心地よくなる音を収録したコンテンツ)に特化したレーベル「kotoneiro」の2周年記念イベントは、トークイベントをダミーヘッド・マイクでハイレゾ収録し、会場にいる観客も持参したイヤホン/ヘッドホンを通して楽しむという、非常にユニークな試みでした。

ASMRとハイレゾの親和性の高さはかねてから言われていることで、このイベントをインターネット配信するためのシステムとしてLive Extremeが採用されたのは、ある意味必然だったかもしれません。配信チケット価格は4,000円(税込)と、一般的な音楽配信チケット価格と比較しても高額でしたが、予想を上回る売れ行きで、ASMR配信イベントの可能性を強く感じました。

オーディオ/楽器系イベントでの活用

リアルのオーディオ・イベントでは、視聴室に設置された大型スピーカーで、製品の細かな音の違いを聞き分ける機会がありますが、これをYouTubeで代替するのはなかなか無理があります。

Live Extremeは昨年、2つのオーディオ・イベントでご利用いただきました。1つ目は日本オーディオ協会が主催する「OTOTEN 2023」の2日間のセミナー配信で、一昨年に引き続き96kHz/24bit(最大)のハイレゾ音声で配信されました。

2つ目は誠文堂新光社主催の「第5回MJオーディオフェスティバル」。本番までの3ヶ月に渡り「MJ 無線と実験」誌面でLive Extremeの特集(チケットの購入方法、再生方法、配信内容などを解説)が組まれるなど、大変気合の入った配信イベントでした。

どちらのイベントも、Live Extremeが提携している「eContent」の原盤利用オプションを利用し、CDやLP音源を使った空気録音を合法的に配信しました。

オーディオ系イベントだけでなく、楽器系イベントでも、開発メーカーによる細かい表現力の違いを聞き分けられる高音質配信が有効です。一昨年に続き昨年も、KORG, Roland, YAMAHAが参加するシンセサイザー・イベント「MARKS SYNTH GROOVE」の配信にLive Extremeが採用されました。

一般向けDSD配信の実施

Live Extremeは2020年の初期のバージョンからDSD配信に対応しており、2020年10月の初配信もハイレゾPCMとともにDSD 5.6MHzで行われていました。ただし、当時の一般家庭におけるインターネット回線の状況や、DoP (DSD over PCM frames) の取り扱いが難しいことを鑑みて、DSDはプレス向けのパブリック・ビューイング会場のみの限定公開となりました。

2023年3月にリリースされたLive Extreme Encoder v1.9.1では、PCM音声を主音声、DSD音声を副音声として同時配信できるようになりました。視聴者が意図的にDSDを選択しない限り通常のPCM音声が再生されますので、一般向けにDSD配信することのリスクが大きく低下しました。

Special Live: 大友良英 + 小山田圭吾

そこで、2023年4月8日、一般向けには世界初となる映像付きDSD配信が満を持して行われました。配信会場はDSD普及の立役者でもある國崎晋さんがディレクターを務める御茶ノ水RITTOR BASEで、内容は大友良英さんと小山田圭吾さんという大物2名による即興ライブでした。

DSD×バイノーラル

翌週にはLive Extremeが常設導入されているLURU HALLでも、Fox Capture Planの岸本亮さんのソロコンサートをDSDで配信。ダミーヘッドによるバイノーラル収録を組み合わせることで、上記とはまた違ったサウンドに仕上がっていました。

LURU HALLではその後も継続してDSD×バイノーラル配信を行っており、音質を追求する強い意気込みを感じます。

サラウンド配信から立体音響配信へ

Live Extremeのハイレゾ配信技術は、2021年7月のアップデートで、PCM 384kHz/24bit×8ch、DSD 5.6MHz×8chのビット・パーフェクト伝送を実現したことで、FLACやApple Losslessで実現可能な最高スペックに達してしまいました。しかし、ここで開発の手綱を緩めることなく、昨年は立体音響フォーマットに対応し、数多くの配信で利用されました。

5.1chサラウンド配信

一昨年は45公演中4公演が5.1chサラウンド配信でした。昨年は後述の立体音響配信が増えたため、サラウンド配信は以下の2公演に留まりましたが、どちらも注目を浴びたメジャー作品です。

AURO-3D

Live Extremeが初めてサポートした立体音響フォーマットはAURO-3Dで、2023年4月にまずはオンデマンドおよび擬似ライブ配信に対応しました(最大96kHz, 11.1ch)。この機能を利用して、東京藝術大学がこれまでに5つのコンテンツをAuro 9.1で無料配信しています。

2023年12月にリリースされたLive Extreme Encoder version 1.12では、AURO-3Dのライブ配信にも対応し、12月26日より実戦投入されています。

HPL

2023年6月には、HPL配信にも対応。Live Extreme Encoder (version 1.10) に入力した最大192kHz 7.1.4chのマルチチャンネル音声から、リアルタイムでバイノーラル音声を生成・配信することができるようになりました。

6月19日には、御茶ノ水RITTOR BASEから、HPLの魅力に迫る無料番組を配信し、HPL開発者の久保二朗さんや、Black Boboiやmillenium paradeのメンバーとしても知られるシンガーソングライターのermhoiさんにもご出演いただきました。TESTSETの砂原良徳さんが制作したオリジナルの5.1.4chコンテンツも、このイベントでプレミア公開されました(現在はLive Extremeの公式サイトで一般公開中)。

Dolby Atmos

Dolby Atmosは数ある立体音響技術の中でも普及率の面で大きくリードしていますが、Live Extremeでも2023年6月にオンデマンドおよび擬似ライブ配信に対応しました(Dolby Digital Plus, 最大1024kbps)。

Dolby Atmos (Dolby Digital Plus) は、Windows、Mac、iOS搭載のウェブ・ブラウザ、およびAirPlay、Google Castを通じて再生することができますが、残念ながらAndroidスマホのChromeブラウザはDolby Atmosに対応していません。この問題に対処するため、コルグでは2023年8月にAndroid向けにLive Extreme初のネイティブ再生アプリをリリースしました。

2023年8月11日に開催された「名古屋芸術大学フィルハーモニー管弦楽団 第11回定期演奏会」は、本配信機能・アプリを活用してアーカイブ配信されました。

VR配信への対応

ハイレゾや立体音響によって没入感のある音声が配信できるようになると、映像にも没入感を期待するようになってきます。Live Extremeは当初より4K映像の配信に対応してきましたが、これを単なる高解像度映像として利用するのではなく、VR映像として利用することも可能です。

2023年11月、コルグはVR配信事業を展開するVR MODEと業務提携し、業界最高音質によるVR配信サービスの提供を開始。既存のVR MODEのインフラはそのまま活用し、配信エンコーダーのみLive Extremeに入れ替えることで、VR MODEの1つの配信オプションとして、高音質VRを選択できるようになりました。

第1弾アーティストのASKAさんは、ハイレゾにもVRにも造詣が深く、世界初の冠に相応しい最高のコンテンツになったのではないかと思います。今回はハイレゾのステレオ音声によるオンデマンド配信となりましたが、今後は立体音響との組み合わせやライブ配信など、この分野はまだまだ掘り下げていけるのではないかと思っています。

Live Extremeを利用したサービスの展開

昨年は視聴者目線では、DSD、立体音響、VRというところが目立ちましたが、コルグではそれ以外にも、高音質配信を普及させるために様々なサービスを整備してきました。主に事業者向けの施策ですがご紹介します。

配信管理者向けライセンス・プログラム

Live Extreme配信件数が増加するに連れ、コルグが配信管理まで請け負うことが徐々に難しくなってきました。しかし、Live Extreme配信はLive Extreme Encoderという特殊な専用のソフトを利用する必要があり、(このソフトに不慣れな)他社の配信管理者に業務委託することが難しい状況でした。

昨年はこの問題に取り組み、一定の条件を満たすことで、配信管理者が無償でLive Extreme Encoderを利用できるようにしました。万全を期すため、操作⽅法を学ぶための講習会、配信テストを⾏うためのサーバー環境、技術サポートも無償で提供するプログラムも用意されています。

Live Extreme Showcase

昨年は、既存のコンテンツ・ホルダー向けに「Live Extreme Showcase」というサービスも開始しました。これは高音質な配信アーカイブを構築するためのフルマネージドサービスで、コンテンツ・ホルダーはコンテンツを用意するだけで、コルグが配信サーバー、ストリーミング・プレーヤーなどのインフラ準備から、VOD動画変換、著作権処理代行といった運用まで行います

本サービスを活用した初めての事例として、東京藝術大学が「藝大ミュージックアーカイブ」のコンサート配信から選りすぐりの公演を高音質化し、「東京藝大デジタルツイン」のサイトに順次公開中です。

国内対応プラットフォームの拡充

コルグではLive Extreme配信サービスを提供するにあたり、自社ではLive Extreme Encoderというライブ配信エンコーダーの開発や運用に注力し、配信プラットフォーム(配信サーバーや課金システムなど)の提供はパートナー企業に行ってもらっています。

Live Extreme対応配信プラットフォームは、一昨年の時点では4つに限られていましたが、昨年国内で(前述のVR Mode以外に)新たに2社のサービスが加わりました。

1社目は「PrimeSeat」時代からハイレゾ配信をご一緒してきたインターネット・イニシアティブ(IIJ)で、これまでLive Extremeとしてはパートナー契約はなかったものの、実はLive Extremeの最初の17公演は全てIIJの配信サーバーを利用したものでした。今回正式に商用契約を締結したことにより、今後はIIJを窓口として、Live Extreme配信が行えるようになりました。

2社目は、国内最大手のプレイガイドを運営する「ぴあ」で、配信サービス「PIA LIVE STREAM」内でLive Extreme配信ができるようになりました。

海外サービス展開

2020年9月の発表以来、Live Extremeは国内にフォーカスして事業を展開してきました。この3年間で技術的にも洗練され、事業スキームも確立しつつあるところで、2023年10月よりKORG USAでの取り扱いが開始されました。

前述のように、Live Extreme配信するにはパートナー企業による配信プラットフォームの提供が必要となります。今回、米国でLive Extremeを展開するにあたり、欧米で「Artist Connection」という配信サービスを提供しているStreamsoft社と提携しました。

Artist ConnectionはAURO-3Dや360 Reality Audioなど立体音響に力を入れており、AURO-3Dデコーダーや360RAデコーダーを搭載した独自の再生アプリ(iOS, Android, Android TV)を持っているのが魅力です。今年はArtist Connectionを軸に、欧米でもLive Extreme配信が増えていくものと期待しています。

AWSを利用した配信に対応

従来のLive Extreme配信には高スループットのWebDAV/FTPサーバーが必要でした。これには専門の知識とチューニングが必要となるため、Live Extremeのパートナー企業が提供する配信プラットフォームを利用する以外に選択肢は殆どありませんでした。

2023年10月にリリースされたLive Extreme Encoder v1.11では、ライブ配信サーバーとしてAmazon S3を利用できるようになりました。AWS (Amazon Web Services) であれば誰でも専門知識なく利用することが可能です。これにより、独自の配信サービスを構築する敷居が一気に下がっただけでなく、既にAWSで配信サービスを展開しているプラットフォーム事業者がLive Extremeをサポートすることも容易になったのではないかと思います。

Live Extreme配信可能な施設の増加

Live Extreme Encoderはコンパクトで持ち運びも容易なので、インターネット環境さえあればどこからでも配信することが可能です。しかし、同時に映像機器や音響機器も手配しないといけないことを考えると、Live Extreme Encoderが常設されている施設を増やすのが理想的です。

以前から和歌山のLURU HALLや代々木Lodgeなどいくつかの配信拠点(スタジオやライブハウス)に常設導入されていましたが、昨年は新たに以下の施設でLive Extremeを利用できるようになりました。

御茶ノ水RITTOR BASE

昨年新たにLive Extreme常設会場に加わったのは、楽器や音楽に関する専門誌や書籍の出版で知られているリットーミュージックが、楽器の街・御茶ノ水に開設した多目的スペース「御茶ノ水RITTOR BASE」です。この会場は凄腕ミュージシャンのライブ・イベントや、先端音響技術のセミナーなどで使われることが多く、私たちも昨年Live Extremeの新機能を活用した配信で利用させていただきました。

NHKテクノロージーズの音声中継車「T-2」

ホールから立体音響でライブ配信するのは大変手間が掛かります。スタジオと異なりミキシング環境がないため、音響パネルなどで空き部屋の響きを整えた上で、仮設で10個以上のスピーカーを立体的に設置する必要があります。

NHKテクノロジーズが昨年から運用開始した最新の音声中継車「T-2」は96kHz 5.1.4chの制作環境が整備されているため、上記の問題がクリアになっているほか、Live Extreme Encoderをオプションとして利用することも可能となりました。これにより、野外でのスポーツ中継や音楽ライブなどにおいても4K映像 + ロスレス/ハイレゾ/立体音響音声による高品質な配信を容易に実現できます。

Studio Extreme Tokyo

コルグの子会社である「G-ROKS」は、これまで下高井戸に大小6つのリハーサル・スタジオやダンス・スタジオを運営してきましたが、昨年末よりLive Extreme配信も可能な配信スタジオ「Studio Extreme Tokyo」が新設されました。映像機器は全て4K対応、音声系統は96kHzのDANTEで運用、7.1.4chのモニター/ミキシング環境も用意されており、まさに"extreme"の冠に相応しい究極の配信スタジオとなっています。

核となるコントロール・ルームは既存のリハーサル・スタジオとも10Gbpsでネットワーク接続されており、有観客ライブ配信からトーク番組配信まで、あらゆるニーズに応えられる施設となっております。

Studio Extreme Tokyo

今年の展望

昨年注力した立体音響配信技術については、まだライブ配信を実現できていないフォーマットや、全く対応できていないフォーマットも残っており、今年もこの方面の開発を継続できればと思っています。VR配信も前提とすると、チャンネル・ベースやオブジェクト・ベースだけでは不十分で、Ambisonicsのようなシーン・ベースも考慮するべきでしょう。

パンデミックが終息したところでライブ配信市場自体に懐疑的になっている方もいらっしゃるようですが、私はそうは見ておらず、むしろ拡大できる領域があるのではないかと思っています。その一つが海外や地方などライブ会場と視聴者の距離が離れている場合の配信で、そもそもここはリアル・ライブと競合しておらず、一度のライブで利益を最大化できる市場や環境がコロナ禍において整備されたとも言えます。昨年準備を進めたLive Extremeの海外進出も、単に商圏を広げるためだけではなく、ワールドワイド配信に価値を見出しているからに他なりません。

もう一つがパブリック・ビューイングへの応用です。多くの人が街に繰り出すようになっても、ライブ会場のキャパは有限であり、海外や地方では距離の問題もあります。そこで期待されるのは大画面・大音量でコンサートを楽しめるパブリック・ビューイングということになりますが、この配信インフラに圧縮音声は明らかに不向きです。各会場の音響特性の違いを考えると、非圧縮のステレオ・ミックスの配信でさえ不十分で、各楽器のパラデータか立体音響の非圧縮データを16ch程度で送れると理想的です。

Live Extremeは今年、こういったニーズに応えられるような技術を開発していければと思っています。

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