見出し画像

月を見上げた夜に

あすは旧暦師走の満月。冬の夜空はきりっと寒く澄んでいるから、月の色もいつもより冴え冴えと見えるはず。昼間の街には成人式を迎える晴れ着姿があふれていたけれど、夜空には静かな月の光だけが満ちていきます。

古くから、満月の夜にはあの世とこの世の境目が曖昧になるといわれてきました。今宵、窓辺に立ち、月を見上げつつ、ふと思い出したのは、今朝見かけた不思議な出来事。

早朝。信号待ちをしてた時。まだ薄暗い街角に、ぽつりぽつりと人影が増えはじめる頃。ふと気づいたら振り袖姿の若い女性が隣に立っていました。風に揺れ、目に届くレトロな色柄はおそらく、彼女の親、もしかしたら祖母からも、大切にされてきた着物なのだろうなと思えます。

私からの視線を感じたからか、スマートフォンから顔を上げた彼女は、恥ずかし気に、その画面を見せてくれました。そこに映っていたのは、セピア色に色褪せた一枚の写真。今、隣の彼女が来ている着物と同じ柄の着物姿の女性が、どこか懐かしい街並みの前で微笑んでいます。

「おばあちゃんの成人式の写真なんです」

その写真は祖母が大切に残していたもので、今朝、母が送ってくれたのだそう。三代前の成人式の思い出が、こうして写真と振り袖を通して伝わってきます。写真に写る街並みは、今はもうない建物も写り込んでいて、でも確かにこの町のどこかなのだと分かる景色。時の重なりを感じずにはいられません。

「おばあちゃんにそっくりって、よく言われるんです」

そう言われて見比べてみた画面の中の若々しい祖母と、目の前の孫娘は不思議なほど似ていました。時を超えて受け継がれる面影に、私は心打たれました。

「おばあちゃんのように、わたしも。誰かを助けて行ける人になりたいな」との言葉に、私は思わず聞き返していました。祖母さんはどんな方だったのですか、と。
看護師として、たくさんの人の命に寄り添ってきた方だったそう。
その想いを受け継ぎ、彼女も医療の道を志すのだと教えてくれました。
信号が変わるまでのほんの少しの時間、彼女のもつ夢の話を聞かせてもらいました。信号が変わり、駅に向かう彼女が、恥ずかしそうにそっと手を挙げ、ほほ笑んだ表情は、写真の中の祖母とそっくりでした。

成人式は、元服に由来します。元服は、名前を変える儀式でもありました。子供の名前を捨て、大人の名前を授かる。それは単なる通過点ではなく、新しい人生の始まりを意味していたのです。

写真の中の祖母も、きっと同じような思いで成人式を迎えたことでしょう。そして今、その想いは孫娘の中で静かに息づいています。

満月の夜のころは、このような不思議な巡り合わせが起こりやすいのかもしれません。目には見えない糸が、過去と現在を、この世とあの世とを、やさしく結びつけるように。

私たちの身体の中には、はるか昔から続く命のバトンが確かに流れています。顔も知らない先祖たちの願いや祈りが、DNAという形で今を生きる私たちの中に宿っているのです。それはまるで着物の柄のように、私たちの中に見えない模様として織り込まれています。その模様は、先人たちの夢であり、願いであり、そして未来への希望なのかもしれません。

だからこそ、もっと幸せになっていいのです。もっと笑顔で過ごしていいのです。誰かの願いを受け継ぎ、また誰かに願いを託しながら、私たちは生きているのですから。

窓の外で、まんまるな月が部屋の中を見ています。そして、おだやかな光を部屋へ届けます。それは、わたし達を今も見守っている、遠い昔の誰かからの、あたたかな思いが溶けている光なのかもしれません。その光は静かに、部屋の中にしみこんでゆきました。まるで、代々受け継がれてきた着物のように、月の光の中にも思いは受け継がれていくのでしょうか。

今夜、あなたも月を見上げてみませんか。
きっと、あなたの中にも受け継がれている誰かの思いがあるはずです。
それは、やさしい言葉かもしれません。または、背中を押してくれた励ましの一言かもしれません。あるいは、ただ黙って見守ってくれていた静かな眼差しかもしれません。

昔の写真を見返してみると、そこには不思議な発見があります。「あの時の私は、祖母に似ていたんだ」「父の若い頃の仕草が、今の自分に残っているんだ」そんな気づきが、私たちの中で眠っている大切な記憶を呼び覚ましてくれることもあります。

そうした誰かの思いや記憶が、見えない模様のように私たちの中に織り込まれているのなら。
あなたは、どんな模様を次の世代に織り込んでいきたいですか。

今日出会った彼女のように、誰かの夢を受け継ぎ、その夢をさらに大きく育てていく人もいれば、まったく新しい夢をつむぎだしていく人もいるでしょう。どちらも、かけがえのない物語の始まりなのです。

明日の満月は、きっといつもより優しい光で、新しい大人たちを照らすことでしょう。そして、その光は今を生きる私たちの物語も、静かにつむいでいってくれるのだと思います。

月白堂

#やわらかな時間 #月白堂 #物語
#成人の日 #満月 #写真の記憶


いいなと思ったら応援しよう!