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五時十七分の訪問者

冬の夕暮れ、いつもの時間になると私は窓辺に立ちます。

五時十七分。アパートの向かいの古びた壁に、一つの影が映ります。背の高い人影。少し前かがみになって、何かを探しているような仕草。

最初は気味が悪かったのです。
でも、毎日同じ時間に現れる影に、私は少しずつ慣れていきました。

ある夕暮れ、私は思い切って影に話しかけてみました。
「今日も来たんですね」

私が声をかけると、影はゆっくりと顔を上げます。

「何をされているんですか?」
話しかけても返事はありません。でも、確かに私の言葉を聞いているのです。時々、小さく頷くような仕草を見せます。

そのうちに、影が見つめる場所が気になり始めました。
(何をそんなに探しているのだろう)
私も窓から、その辺りをじっと見つめてみるのですが、特に変わったところは見当たりません。古いコンクリートの壁と、その下に伸びる雑草。ごく普通の景色です。部屋から出て、壁の前に来てみたけれど、何かが落ちているわけでもありません。

また別の日に。直接、影を確かめてみようと思い立ちました。
影が現れる時間に、その壁の前で待ってみたのです。でも、不思議なことに、実際にその場所に立っても影は見えません。どうやら、私の部屋の窓からでないと、あの影は見えないようなのです。

あの人影。彼の存在する世界と、私の世界。
交わることのない二つの次元が、この窓辺から見るときにだけ、あの夕方の時間にだけ、少し重なる。

先日、珍しいことがありました。
影が見つめる場所から、かすかに声が聞こえてきたような気がしたのです。風の音かもしれないと思いながらも、翌朝、私はその場所を見に行きました。
するとそこに、小さな緑の芽が顔を出していたのです。雑草の間から、見たことのない植物の芽が一つ。これから何の花が咲くのか、どんな葉を広げるのか。私の中に、小さな期待が芽生えました。

その日の夕方、私は影に伝えました。
「また明日」
私がそう言うと、影はいつものように静かに消えていきました。けれども、そっと片手を上げたようにみえました。

五時二十三分。
変わることなく、いつもの時間です。この時間に消えるのです。

そして、明日も、きっとここで会えるでしょう。
私たちの小さな、不思議な約束事として。

あの芽は、やがて何になるのでしょう。
二つの次元の狭間で、静かに育っていく命。
それは私たちだけの、確かな証。

月白堂

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#幻想小説 #夕暮れ時 #窓辺 #交差する次元

*今週は「不思議」な物語をお届けしています。


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