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あの駅であった日

年が明け、慌ただしく過ぎた日々がようやく落ち着いた休日。
高校時代の友人と待ち合わせをすることになった。
場所は、放課後によく途中下車していた駅。

これから会う懐かしい顔、久しぶりの風景に胸を躍らせながら、改札を出る。 そこで待っていたのは3人の友人。

「キャー。お久しぶり」
「元気だった?」
「うん、元気」
「そっちは?」
「うん、もちろん!!」
「なかなか4人で集まれないよね」
「この前は、かの子がいなかったし」
「その前は私が欠席したし、ね?」

4人で会えたことの嬉しさに、声もだんだんと大きくなる。いつもの4人のはずなのに、一人だけ、どうしても名前が思い出せない。でも確かに知っている。そう、あの頃からの仲間のはずだ。

「変わってないね、この駅」
誰かがそう言った声に、みんなが頷く。

よく立ち寄っていた駅前の喫茶店に入る。店主は相変わらずだけれど...…いや、本当に同じ人だったかな。カウンターの奥で椅子に座って本を読んでいる姿は覚えているのに、顔を見ようとすると、なぜかぼんやりとしてしまう。
私たちが来ていた頃のように、今も高校生が何組か座っている。けれど、見覚えのない制服を着ている。

(どこの制服かな。この制服もかわいらしい)

昔と変わらない香ばしいコーヒーの香りに包まれながら、思い出話に花が咲く。

「覚えてる?あの時、ここでお昼食べて、授業に遅刻しそうになって」
「違うよ、あれは駅の反対側の店だったでしょ」
「えっ、でもここだったような.…..。雨の中、駅まで走った気がするんだけど」
「え? 晴れてたわよ、確か」
「私の記憶だと、雨の日だから遅れていこうって話になった気が……」

記憶が少しずつずれていく。確かだと思っていた思い出が、話すたびに揺らいでいく。

「何年もたつと、ほんと覚えてないね」
「ほんとね」
「でも、いろんなこと、やったよね」

笑いながら、あっという間の2時間。
「そろそろ、帰る時間ね」

名残惜しいけれど、帰ることにした。あの頃のように、4人でおしゃべりしながら駅へ戻る。

その道すがら、見知らぬ店が目に入った。
古びた外観は、まるで昔からそこにあったかのよう。
でも、私の記憶にはない。他の三人は気にした様子もなく、「このあたり、本当に変わらないね」と嬉しそうに話している。

「せっかくだから写真撮ろう」
駅前のロータリーを背景に、4人で写真を撮る。高校生の頃と同じように。

電車に乗り込んでからメッセンジャーアプリを開く。
「今日は楽しかったね」と入力して送信。
すると、「約束は明日だよね」という返事が返ってきた。さっきまで一緒にいたはずの友人から。

動揺する私の画面に、駅前で撮った集合写真が届く。
そこに映る街並みは、懐かしいのに見知らぬ風景。
一緒に写る友人たちの顔も、知っているようで、どこか違和感がある。
慌ててスマホから顔を上げると、見知らぬ色の電車のシート。知らないマークのついた電車の中。
私の乗った電車は、知らない駅を通り過ぎていく。心臓が早鐘を打つ。

終点で降りて振り返ると、そこには見慣れた電車会社の車両が停まっていた。急いでスマホを確認する。送られてきたはずの集合写真は消えていて、友人とのメッセージの内容も違っていた。いや、そもそも送信履歴自体が別のものに...…。

私は本当に、今日、誰と会っていたのだろう。 確かだと思っていた記憶は、いつの間にか書き換えられていたのかもしれない。
それとも、これが本当の記憶なのだろうか。

帰り道、冬の曇り空が夕暮れに染まりはじめ、街灯が心もとない明かりをともし始めた。記憶と現実が溶け合うような、そんな不思議な一日が静かに終わりを迎えようとしていた。

月白堂

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