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青いガラスの記憶
深夜の帰り道。いつもは静かな住宅街が、今夜はいっそう静まり返っている。雪が積もると音が消えるという。今夜は、その言葉の意味がよくわかった。
雪のやわらかな部分に、足音までが吸い込まれていく。街灯の明かりが、雪明かりに溶け込んで、ほのかな光の帳を作っている。家へと急ぐ私の吐く息が、白くリズミカルに揺れる。
家々の窓はもう暗く、誰もが眠りについた時間。時計を見ると、午前一時を少し回っていた。
速足で歩く私の息と、足元の雪を踏み込む音だけが聞こえていたところに、他の音が混じった気がして、立ち止まった。
風鈴の音だ。
冬の風鈴。不思議だな、と思った。でも、確かに聞こえる。澄んだ、懐かしいような音色。
どうしても冬の風鈴が気になり、音のありかを探す。音は近づいたと思えば遠ざかり、まるで私を導くように揺れていた。探すうちに、小さな公園にたどりついた。
こんなところに公園があったなんて。
寒いのも忘れ、公園で風鈴の音を探していると、古い楠の木に青いガラスの風鈴が揺れていた。
月明かりに照らされて、青く輝くガラスの風鈴。時を忘れたように見とれていた。ところどころ濁りのある古いガラスなのに、不思議と美しい。まるで、むかし、むかしから、ここにあったかのように。
手を伸ばそうとした瞬間、不思議なことに、風鈴は音を立てないまま消えてしまった。すうっと、溶けるように。
でも、確かにそこにあった。私の目の前で、消えた。
風鈴が消えた後も、しばらくその場所に立ち尽くしていた。寒さが身に染みてきて、ようやく我に返る。家に帰る途中、何度も振り返った。もう一度、あの青い風鈴が見えるような気がして。
翌朝、おひさまの光で見る、あの青いガラスは美しかろうと、あの路地裏を探して、公園にいく。
でも、そこには、風鈴はなかった。
路地裏の公園は、こんな風だったかな。この木、この枝に風鈴があったように思うけれど……。
そもそも、あの風鈴の音が聞こえてきたのは、この公園だったかな。どうだろうな。見たおぼえのないブランコが、昨夜、積もった雪を乗せて止まっていた。
路地裏を、しばらくうろうろとしてみたけれど、「ここで見た」とはっきりと思い出せるわけもなく、朝ごはんを買って家に戻った。靴を脱いだ足の先は、薄く濡れて、冷たくなっていた。
夏の暑い日に、いとこ達と水鉄砲をかけあっていた祖母の家で、靴下を濡らしていたことを思い出した。
あの風鈴の音を、あの頃、聞いていたような気がする。
窓の外を見ると、昨夜の雪は溶けかけている。
風に揺られる木の枝が、かすかに、風鈴の形を描いているような気がした。
月白堂