トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」27
「ぎょうざの満洲」とネオ日本食をめぐるあれこれ——古市コータローさんインタビュー(後篇)
コータローさんの無欲
——コータローさんは「ファミレスは1985、6年までのもの」とおっしゃいました。それ以前のファミレス、なんだかたのしそうですね。
古市:まだおいしかったですし。
MOBY:どこのファミレスに行ってたんですか?
古市:僕はジョナサン派でしたね。Denny’sも行ってたけど、やっぱりジョナサン。いまのジョナサンといっしょにされると困っちゃうんだけど。和風ハンバーグはジョナサンがナンバー1だったなあ。僕、セブンイレブンでバイトしてたんですけど、バイト終わりに食べに行ってましたね。
——コンビニバイトをなさってたんですね。
MOBY:コンビニと言えば、コータローさんには「最寄りのコンビニは俺んちの冷蔵庫」っていう名言があります(笑)。
古市:実家の隣の隣がコンビニだったんで、別に買っとかなくても、行けばいいんですよ。それぐらいの距離、アメリカだったら隣の部屋みたいなもんでしょ(笑)。コンビニのなかでもセブンイレブンはやっぱりおいしいですね。俺がバイトしてるときから、セブンイレブンは本当に勉強熱心だと思います。
——ですよね! ネオ日本食の連載で、コンビニのドリアを食べくらべるっていう企画をやったことがあるんですけど、セブンのドリアは本当においしかったです。
古市:研究してるな、セブンイレブン。
——値段は他のコンビニとほぼ一緒というか、なんならセブンが安いくらいなんですけど、おいしい。
古市:総菜シリーズの「さばの味噌煮」とか神ですよ。俺、さばの味噌煮はいつも駒込の魚屋まで買いに行ってたんだけど、行く必要なくなっちゃった(笑)。あと「和風ハンバーグ」もいい。あれ、Denny’sの和風ハンバーグに限りなく近いんですよ……まあどっちも同じヨーカドーグループだからね。つまりDenny’sのハンバーグも200円弱でつくれるってことになる……。
——へたしたら同じものである可能性も……。
古市:同じ工程でつくられてる可能性は捨てきれないですよ。あれに焼いたネギ乗せればほぼDenny’sの和風ハンバーグですもん。
——こんど家でやってみます(笑)。若い頃から日本のフードカルチャーをずっと観察・研究していて、ものすごく豊富な知識がありながら、特に何もしないというところが、コータローさんのすごいところですよね。これだけいろいろご存じだったら、本にしたりとか、何かアクションを起こしたくなると思うんですけど。
古市:思わないですねえ。単純に好きなだけなんです、そういうことが。
トミヤマ:無欲(笑)! 最近はフード関係で何か進展ありましたか?
古市:最近ですか……あ、立ち食いそばのチェーンは「吉そば」しか行かないことにしました。
——それはなぜですか?
古市:吉そばって、東京の昔の立ち食いそばの雰囲気が残っていて、あと、熱いそばはちゃんと熱いし、だしの味もしっかりしてる。天ぷらも、立ち食いの天ぷらとしてのすばらしさを残しているから、とにかく吉そばを食べようと。他の店は、やっぱり時代とともに効率重視になってきていて……日本の食文化は低迷する一方ですよ……。
「うまさ」以外の食の魅力
——コータローさんは、日本のフードカルチャーの未来をけっこう憂えてますよね。
古市: この30年で本当にいろんなものを見てますからどうしてもね。効率重視もよくないと思うし、行きすぎた健康志向も問題だと思うなあ。
——健康志向もダメですか?
古市:ダメとは言わないけど、やりすぎ。コンビニの肉まんとか、薄味になりすぎてると思うんですね。あんな薄味にするなら売るなと言いたい。
——塩気も化学調味料もドンと来いやと(笑)。体に悪そうな味なんだけどおいしいってこと、ありますもんね。
古市:寒い時期にコンビニで肉まん買って家まで食べながら帰る楽しさを奪わないで! もうね、不健康バージョンと健康バージョンの2種類を置けばいいんですよ。
編集K:ネオ日本食で言うと「リトル小岩井」のスパゲティなんかは、油分の凶暴さが魅力、みたいなところがあります。
——あれおいしいんですよねえ。あと、麺がほぼ焼うどんみたいな状態なんですけど、それでもスパゲティだと名乗っているのがたまらない。
古市:浅草「ロッジ赤石」のラザニア食べたことあります? メニュー名はラザニアですけど、中身スパゲティですからね。
——ラザニアなのにスパゲティですか(笑)。混乱してきました。
古市:でも、あれが最高!
——やっぱりネオ日本食はおもしろいです。ネオ日本食には、和食とは違うおいしさがある。いわゆる和食ではないんだけれど、現代の日本食のうまさというものがあって、ぎょうざの満洲も、そういうジャンルの食べ物だなあと思います。
古市:満洲もそうだし、ココイチのカレーもそう。あれ全部日本食ですからね。日本はそうやって海外のものを取り入れて、独自のものを作ってきた。外国人だってオイルべたべたのスパゲティを食べてみたいんじゃないかな? 茹でて一晩寝かした麺をたっぷりの油で炒めたナポリタンのおいしさはわかるでしょきっと。
——本場の味とは遠くかけ離れていても「そういうもんだ」と思って食べたらおいしいと思うんですよね。だから、日本に来たらすしとか天ぷらだけじゃなく、ナポリタンも食べて帰ってねと思います。
古市:ナポリタンは「スパゲッティーのパンチョ」がいいね。
——オススメですか。
古市:うん。食感がいいんだよね。ちょっとモサモサしてる感じがさ。
——敢えてのモサモサですよね、わかります(笑)。
古市:基本的に「3口で飽きてこそナポリタン」だからね。
——名言が出ましたね。
古市:そんぐらいの付き合いじゃないとダメなんですよ。
——最後のひと口までおいしいとか、そういうのは要らないと。
古市:すき焼きだって、一発目はうまいよ? でもさあ……。
——あとは「余韻」ってことですね。
古市:ライブだって1曲目だよ。
——ミュージシャンに言われるとものすごい真実味が(笑)。
コータローさんが満洲に望むこと
——食に関する思想がこれだけしっかりしていらっしゃるコータローさんが満洲を推してるのって、すごいことなんじゃないかと改めて思うんですが、今後の満洲に望むことって何かありますか?
古市:望むことはただひとつ。本当の意味でのチェーン店になってしまって、ダメになるのだけは見たくないです。店舗数が増えれば増えるほどダメになるというのは、まぎれもない事実なので。ほんと、あんまり増えてほしくないんだよなあ。
——満洲はいまや90店舗に迫ろうかという勢いですからね。でも、あの女の子のキャラクターを使ったり、キャッチフレーズも「3割うまい!!」だったり、昭和の雰囲気はギリギリ残しています。
古市:なんかいいよね。
MOBY:全体的に80年代っぽいのがいいですよね。
——なぜか保養施設(温泉宿)を持っていたりするのも、昭和って感じがします。
古市:ああ、ポッドキャストで保養施設のこと書いてきてた人がいたなあ。
——あと貸しギャラリーとかもあるんですよ。
古市:おもしろいよね。
(餃子の満洲の経営する温泉宿)
編集K:チェーン店って、何が理由でダメになっていくんでしょうね。
古市:なんでもそうだと思いますけど、数が増えると統制できなくなりますよね。逆に言えば「マクドナルド」って、あれだけの規模がありながら、よく同じ味出すよなあって思うわけですよ。
——確かにどこで食べても味のブレは感じませんね。ブレたとしてポテトの塩加減くらいのものですよね。
古市:ハンバーガーだと、ある程度統制できるのかも知れないけど、中華だとそうはいかないんですよ。中華というのは火を扱うし、スピードも大事なので。つまり「スキルとセンスと舌」が必要なんです。そうなってくると、料理人によって違いが出てくるのは当たり前。でもそれを僕は「愛すべきブレ」だと思うわけで。だって、みんながみんな同じように作れたらおかしいもん。
——誤差はあって当たり前だし、それをマイナスに捉えたらダメだったことですね。
古市:そうです。大手のファミレスには、パウチを湯煎するだけでいい料理とかも実際あるんですけど、それだって料理できる人と、店に入ったばっかりの高校生バイトとでは仕上がりが違うんですよ。
——どんな方法を採ったとしても、誤差は出てしまうわけですね。
古市:ちょっと辛口になっちゃいますけど、食文化というものは、口に入るものだし、語り継がれるものだし、本当に大事なものなんですよね。基本的にビジネスなんだってことは僕だってわかってるつもりですけど、「自分たちは何を売ってるのか?」っていう根本の部分は、常に考えていただきたいなあとは思います。
——そこ見失っちゃうとダメですよね。
古市:ロックミュージシャンなんてまじめなもんよ? ちゃんとそういうこと考えながらやってるもん。やっぱり仕事には愛情を持たないと。金儲けのことだけ考えててもダメ。満洲にもそれを期待したいですね。
MOBY:そのためにもまずはタッチパネルをやめろということですよね。
古市:そうだね。こっちはさ、味のブレとかナルトの歯ざわりをエンジョイしてるわけじゃない? そういうとこはぜひともわかっておいてほしいよ!