いまも、ちゃんと守っているよ。
「会社に遅刻しても良いから、朝ごはんはちゃんと食べようね」
そんな言葉を私にかけてくれたのは、同居していたおばあちゃんだった。
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中学・高校は遠くの学校に通っていたこともあり、朝は猛烈にドタバタ。お母さんの準備してくれたものを、少しかじるか、持って出る毎日。
大学生・社会人になってから、私の生活から朝ごはんというものはなくなった。そんな生活をしていたところ、おばあちゃんとの生活が始まった。
当時80代半ばのおばあちゃん。訳あって、居候させてもらうことになった朝。そわそわと出ていくと、テーブルの上にしっかりとした朝ごはんが並んでいる。
えっと、ここは旅館ですか?と思いそうになりながら、いつもあんまり食べないんだよね…とつぶやく。
ニコニコしながら「朝ごはん食べないと元気が出ないよ」と教えてくれるおばあちゃん。いや、それ聞いたことあるし。でもお腹空かないんだって。
それから、毎日続く朝ごはん。
徐々に朝ごはんを食べるということにも慣れてくる体。テレビを見ながら「良いニュースなくて嫌になっちゃう」とぼそぼそいうおばあちゃんを横目に、ずずっとお味噌汁を飲み干す毎日。
「若い人はこういう朝ごはんの方がいいんだろ?」とたまにパンが並ぶ。滅多に使わないから、端の方がやたら黄色くなったマーガリンを塗って食べる。
毎日。毎日。何時から起きているのか分からないくらい早起きおばあちゃんは、私の為に朝ごはんを作り続けてくれた。
二人のお気に入りは明太子。間違ってたらこを買ってきて笑ったこともあったし、冷蔵庫の奥から出して来たら痛んでいたこともあった。明太子は意外と足が早いのだ。
おばあちゃんはジャコ派。私はシラス派。おばあちゃんはとびきり酸っぱい梅干しが大好き。私は、酸っぱかろうが、ハチミツが入っていようが苦手。
前日飲みすぎて朝ごはんを食べるコンデイションにない日もあったし、遊びすぎて起きれない朝もあった。
でも、どんな日でも毎日変わらず朝ごはんが食卓にセットされている。
そういいながら、ニコニコとお味噌汁をよそってくれる。
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そんな生活を1年以上続けた頃だったかな。
会社の健康診断の為に『朝ごはんは食べない朝』というのを迎えた。前日におばあちゃんに伝えて、久しぶりの朝ごはんがない日。
会社に到着して、指定の時間を待って、問診票をもって診察所になっている会議室へ。
会議室で着替えて、別の会議室に移動して。地下の駐車場に止まっているレントゲンを撮る場所へ移動して。
気付かない気がしていたけれど、時間が進むにつれて「お腹がすいた」よりも「体に力が入らない」感覚が伝わってきた。今にも倒れそうという訳ではないけど、でもぼーっとして、ふわふわした感じ。
多分、この時初めて「食べないと元気がでないよ」を体感した。
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おばあちゃんとの生活は幕を閉じ、私は結婚して、新しい家庭を作り、生活の場は変わっていった。
それでも、毎朝思い出す言葉がある。
おばあちゃんが毎日作り続けてくれた朝ごはんを思い出しながら、今日も私は朝ごはんのお支度をする。
そんな姿を、空からおばあちゃんが見てくれている気がするんだ。
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<2021年3月12日追記>
こちらの記事を、初めて「編集部の今日の注目記事」に選んで頂きました。
選んでいただき、そして多くの方に読んでいただき有難うございます。
私の大好きなおばあちゃんネタを選んで頂いて、感無量です。
▼同じく、おばあちゃんのお話。