青信号
渋谷スクランブル交差点で青信号を待っている間、彼が「彼女と別れたいと思ってるよ」と言いだした。なんかあったの?と聞いたけど、普段と変らない表情で言っていたからか、わたしはそのときその言葉を信じなかった。
一年前も彼が同じことを言っていたが、それを言い出してから数週間後にその彼女と同棲することになった。よくわからない話だ。
だから今回も同じだろうと思っていた。
彼はそれきり口をつぐみ、わたしもそれ以上何も言わなかった。
わたしは山手線へ向かい、彼は銀座線へ。言いたいことが言えなくて、後味が悪かった。その日、久しぶりに二人の好きなお寿司の店に食べに行ったのに。
二日後、彼からの送信が取り消されたメッセージがあった。取り消したということは、そのメッセージをわたしに見せたくないということ。だからわたしも、また、何も聞かずに、永住権の申請を検討する、という、自分の話をした。
次の日は普段通り忙しい平日のど真ん中。朝から彼から連絡があった。南北線のどこかで会える?ランチ行こう、というような連絡。わたしも彼もリモートワークだから、ミーティングがなければいつでも会えるけど、その日は昼前後にミーティングがぎっしりと詰まっていた。夕方に会う事になった。
○○駅近くのスタバで会って、彼は全部、全部、本当に洗いざらいぶちまけるように話していた。だらしない彼女のこと。合わない二人の生活。当然に思える二人の喧嘩。当然に思える冷めかけの二人の愛。話される内容は、一緒に住んでいるカップルなら当然なことばっかりで、そのような理由で別れたいというのはまだ納得できなかった。
「別れるってことは、彼女が他の男とキスしてもいい、ということだよ」
「わかってる」
「いいの?」
「....」
「彼女が浮気したんだ」
「....」
「昨夜友だちと電話で話した。彼女を許せないかと聞かれた」
「それで?」
「○○の考えを聞きたい。どう思う?」
「それは〇〇が決めることだと思う」
「〇〇ならどうする?」
「わたしなら別れる」
「そっか」
彼の話を聞いて、懐かしいと思った。前にこのスタバでわたしは彼に好きな人の話をしていた。
その日は、恋していたわたしの話。
今日は、失恋した彼の話。
駅に向かって、青信号を待っている。東京でも、1月の夜は耐えられないぐらい寒い。
「50万円貸してくれる?次の給料日に返す」
「いいよ。何に使うの?
「引越し」
「そっか」
そしてわたしは山手線へ向かい、彼は南北線へ。青信号を背に。