部外者が観た芸術界隈~「アート」と「デザイン」

「部外者」っていうことで距離をとって責任を取らないようにしてるようにしてる感が出てるかもしれないですけど笑、ちょっと考えたことをつらつらと。

先日、大学時代に知り合ってから仲良くさせて頂いてる芸術系の人(ってどんな人だ)とお会いする機会がありまして、その時に日頃芸術界隈について考えてることを伝えてみました。

というのも、以前芸大の先生とお話する機会がありまして。曰く「自分の考えを社会に対して訴えるもの」はアート、「依頼を受けて、報酬を対価として制作するもの」はデザインである、ということらしいです。これはなるほどしっくりきました。

件の芸術系の人に対して話したのは、「アートの人はデザイン的性質を帯びたがるし、デザインの人はアートをしたがらないか?」というお話。つまり、アートの人は自分の考えを好き勝手に表現するくせに対価を得たがる、その逆で、デザインの人は依頼内容を達成するということにしがらみを感じ、社会変革を狙おうとしてないか、っていうことなんです。

その日はそこまでで終わってしまったのですが、後日、頭に浮かんできたことがありました。それは、ここ10年間くらいのあいだに「歌手」や「ミュージシャン」が「アーティスト」と呼ばれるようになったこと。これって、まんま「アート・デザイン話」に結びつけられるんじゃないかと。

なぜ、アーティスト、って呼ばれるようになったんでしょう?おそらく、ミュージシャンに対して「自分の思い・考え=作品、を世に発信して問題を訴える人たち」というイメージがいつの間にか醸成されたからではないでしょうか。

ただし、ここで一つ問題が。ここ数年よく取り沙汰されていますが、アーティストたちも音源を買ってもらえないとレコード会社と契約を打ち切られてしまいます。あれ、アーティスト、つまり「アートをやる人」って、対価をもらう人たちでしたっけ…?

このような状況を鑑みるに、今アーティストたちは「デザイナー」にならざるを得ないのではないでしょうか。それを「リスナーに媚びる」「ファッションミュージック」というのは簡単です。そういうアーティストは「CD買ってください!」とでも言うのでしょうか(Twitterで言ってるアーティストも居ましたね)。

これは確実な話ですが、今の音楽業界でアーティストが売れる方法は「教祖-信者モデル」です。教祖たるアーティストの発表する音源だけでなくブログなどから考えに共感し、それに従う。これ、不健康なように見えますが、もしかすると「アーティストの売れ方」としては妥当なあり方なんじゃないでしょうか。むしろ、「売れるようにする」んだとすると、それはもはやデザイナーです。

結論がある話ではないのですが、芸術系の人たちにはもう少し自分の立ち位置に自覚的になって欲しいな、と思った上から目線部外者のお話でした。

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