お茶の子⭐︎さいさいとはいかなくとも
お茶の子☆さいさいとはいかなずとも
多分、リカちゃんのお洋服を作ったのが最初だった気がします。
幼稚園の時、同居していたお兄ちゃん(父の弟)からリカちゃんとお洋服2枚入ったのをプレゼントしてもらいました。凄く嬉しかった。
その頃は父の兄弟も一緒に住んでいて、おばちゃん(父の妹)ともよく遊んでもらってました。
買ってもらったリカちゃんは、ドレスとニットのワンピースの2枚。
この2枚を着せ替えたりして遊んでいました。
ある日、もっと着替えがあれば良いなぁと思った私は自宅で内職をしている母に頼みました。
すると母は、家にあった布をリカちゃんにくるくると巻いてくれて、自分で糸で止めるように教えてくれました。
、、多分、母は忙しかったのでしょう。
それでも、私は嬉しくて、自分でもいろんな布をくるくる巻いて楽しんでいました。
そんなある日、近所の子の家に行くと、お家の中がおもちゃだらけで、リカちゃんもリカちゃんだけでなく、ママとパパボーイフレンド、お家や洗濯機や冷蔵庫がありビックリしました。
世の中にはこんなに沢山おもちゃ買ってくれる家もあるんだと知りショックを受けます。
仲良しのkちゃん家にリカちゃんを持っていく日がありました。 お披露目です。
Kちゃんにはお姉ちゃんがいて、女の子2人兄弟なのでリカちゃん数体とお洋服数枚、平面のおうちとかベッドとかありました。
手作りの簡易ベッドとか テーブルとかもありました。
そんな風な楽しみ方があるのは全く知らなくて、ビックリしました。
kちゃんの家に行く前に、くるくる巻いた服を着せたリカちゃんを持って行くのはやめようかと少し思いましたが、子どもだったので糸で止めつけたのをほどくのは嫌だったのでそれを持っていきました。
私はちょっと恥ずかしいなぁと思ったけど、その子の家でリカちゃんの服について、何か言われる事は何もなくて嬉しかった記憶があります。
それから、しばらくはリカちゃんのお洋服はもうちょっとなんとかならないのかな?とずっと考えるようになりました。
ある日母とリカちゃんの服をお店に見に行きました。
でも、買ってもらったのかどうかもう忘れました。
それから、どうしたのかは忘れてしまったけれど、自分の中でリカちゃんのブームは去りました。
その時の私の記憶は、お洋服は作ったら最高に楽しいという記憶があります。。