『完全な海』
色の見えないぼくにも、鮮やかで忘れられない絵がある。
夏の日、人たちの影がまるで小さな、南中の太陽。
空は、ヘタクソな油絵のようにベタベタに青く、
カチカチのアイスクリームのような、巨大な入道雲。
海は、よくわからないが、真っ青な空に比べると、暗いやつ。
とうぜん、とうぜん、くり返す、波の泡の白さ。
砂浜は、ぼくにもよく理解できるグレーのグラデーションだ。
あとは海水浴の人たちの、原色の水着。
二人の叔父と、その浜にいた。
虚弱だったぼくは、波に近づかなかった。
禁じられていたし、波は怖かった。
陽射しは残酷なほどで、これも怖かった。
弟・叔父は、シニカルでお洒落な人。
大人の話に入りたがっては、叱られていた人。
コンパスなしで◯を描くのにはどうするのと訊いたら、
その秘伝を教えてくれた。
兄・叔父は、ヒンズー教徒のような、茶色い肌で、肉体で。
いつもゲハゲハ笑いながら、ぼくを恐ろしい冒険に導いた。
剣道の籠手つけてボクシングして、ハマボウフウを摘んで帰った。
(いや、あれはほんとにうまい! 酢味噌和え!!)
兄・叔父が、どこまで潜ったものやら、息を切らせて帰ってきて、
「おい! タオル、タオル! タオル出せ」
鮭を抱いている! 鮭はビチビチ暴れている!!
密漁っていうのかい、あの冒険を!
黄緑色の草の萌えている坂を上り、降り。
まだピクっと動いている鮭を、兄・叔父が捌いた。
「オンタだもな。ちっこいスズコでもあればいかったのにな!」
ぶつ切りにして、濃い味噌味で煮て、みんなで食った。
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てんでまとまりのない文章を、連想しながら勝手に書いているだけです。
たまに霊感が降りて、意味ありげなことも書けたらいいなと思っています