
樹海よ、仕事しろ
人生とは、生きるとは、なんなのだろうか。
死ぬとは、なんなのだろうか。
この世に絶対などないが、1つだけあるとするならば
「人は必ずいつか死ぬ」ということだ。
それがいつくるかは、神のみぞ知る。いや、神も知らないかも。
知ったこっちゃないって思ってるかも。
もう一度言うが、人はいつか死ぬ。必ず。
なのにどうして生まれるんだろう。
私が今、このヘンテコな随筆を書いている間にも産声をあげる儚い希望がある。なぜだ。
なぜ、”私は” 生まれたんだろう。なんのために。
最近祖母が他界した。
生前、そんなによく遊んだわけではない。記憶も曖昧だ。
なのに、いざ顔を見てお見送りしようとすると涙が出る謎については
誰かがいつか解明してくれるのだろうか。
「悲しすぎて喋れねぇ」
いつもしつこいボケで笑いを取ろうとしてくる父が、そんなふうにこぼす
後ろ姿を見ていられなかった。
私はこの人がいなくなるとき、何を想い、何を感じて、何を言うだろうか。
喋れるのだろうか。
私は気づいたらずっと1人だ。いや、1人のような気がしている。
いや、孤独を感じ続けている。
月が雲に見え隠れする夜は、誰かの視界に自分が入っているような
入っていないような感じで心地いいし、
雨が降る真っ暗な夜は、孤独を隠してくれているようで
嬉し寂しくて眠れない。
誰もいない海は、永遠に寄せて返す波が
好きなだけここにいればいいと言ってくれているようで好きだ。
自分でお金を扱えるようになり、
小さな緑のお財布ポシェット1つでどこでも遠くへ出かけられるようになった。
ずっとずっと遠くへ、ここではないどこかへ、現実ではない向こうへ。
行きたいのに、行ってしまいたいのに、
夜には律儀に家に帰る自分に嫌気がさす。
きちんと明日の現実に備える自分は、一体何を彷徨っているのだと
呪いたくもなる。
富士の樹海でも迷い込んでしまえばいいのに。
なんだかずっとそんな気分なのだ。
ずっと1人で、ずっと泣きたくて、ずっと強がって、ずっと。
そんな、寂しがり屋で、人1倍1人が苦手な私は
きっと大切な人との別れには耐えられないだろう。
想像しただけでたまらない。
そんなことを考えていると余計に、
こんなに辛いなら余計に、
”なぜ” なんだと考えてしまうのだ。
あぁいっそ、思いっきり生きて生きて生きてやりたい。