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くだらない愛の話
いつからカッコつけるようになったんだろうと考える今日この頃、
念願の金木犀のオードパルファムを買ったとき、最後にSHIROの店員さんが
手提げ袋に香水をシュッとひと吹き、かけてくれた。
香水って素敵。
大好きな彼のこと、大好きでないフリをするようになったのはいつからだろう。
自分の方が好きになってしまっては別れたときに辛くなるからと、
しょうもない笑っちゃうような保険をかけるようになったのはいつからだろうか。
いや、そもそも、愛の大きさなんてくだらない空気の質量を測るようになったのはいつからだっただろうか。
私は24年間生きてきて、取るにも足らないそんなくだらないことばかりを学んできてしまったのだろうか。
今日揺られてきた電車には、左手の薬指に光るリングをはめたお爺さんとお婆さんが、お揃いの白いパンツを履いて楽しそうに笑っていた。
この前お店に来たおばさまは、外で買い物が終わるのを待つおじさまを見て、「男の人は待たないのよね」と嬉しくも寂しくも、愛おしそうに笑っていた。
人間歴24年の私には、結婚や左手の薬指にリングをはめること、そして薄い紙一枚に永遠の愛を誓い合うことが持つ意味に納得することなど到底できない。いや、もう24年の時を経てもできないかもしれない。
しかしながら、理解したいと思ってしまうのは、24年という若さゆえの好奇心なのだろうか、それとも、大いなる願望なのだろうか。
どうでもいいことを長々と前置いてしまった。
面と向かっていうことは今のところできそうにないので、
言いたいこと、伝えたいことをここに綴って終わりにしたいと思う。
いつかは言うが、「今はひとまず」だ。
結婚したい私と、そんな気はまったくないあなた、いつか別れが来るのは必然なのに、どうしていつまで一緒にいられるかしら。
本当は私の幸せを何より一番に考えていたい私なのに、食べたいもの、行きたいもの、見たい景色、その他全ての優先順位第一位をあなたで考えてしまうのはどうしてなのだろう。
人や世間のことなど全て無視して、自分だけの世界を悠々と我が物顔で過ごしていたいだけなのに、あなたの放つ言葉がまとう雰囲気やトーンから気分を気にして話してしまうのは、今日でもうヤメにしたいのだ。
あなたを愛していると伝えたいだけなのに、いわゆる重いと思われたくなくて、ただおやすみ、と言ってしまうのはなんでなんだろうか。
この世には解明されていない謎が多すぎる。
そしてそんな世に私という人間がどうして生まれ落ちたんだろうか。
結局のところ、この先何を手すりのように掴んで、何を標識のようにして進んでいっていいかまるでわからない。
さまざまな壮大すぎるテーマに翻弄されるばかりだ。
だが、本当はそのどれもが実はもっとシンプルで、単純なものなのではないかと思う。
永遠なんてわからなくても、今日のことはわかる。
たとえ今日のことがわからなくなっても、今のことはわかる。
この先の未来永劫 一緒にいたい人があなたなのかはわからないけれど、
今、そして今日、明日あなたと一緒にいたいことはわかる。
計画性の「け」の字もなかった私は、この先もそうやって一歩一歩進んでいくしかないんだろうなぁ、と漠然と思う。
話は逸れたが、勇気を持ってカッコつけるのはもうヤメにしたい、
言いたかったことはそれだけだ。
ブランコにでも乗りながら今紛れもなく、
真っ直ぐに生きたいと叫びたい、どうしようもなくそんな気分だ。