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彼のほころび

「会社クビになりました」

真冬の夜、台所のテーブルで私はスマホの画面を見るなり仰天した。


前の会社にいた頃、私が入社して半年後くらいに入ってきたのは
8つ年上の、割と男前な、少しナヨッとした男の人だった。

はじめての正社員で、営業もはじめてだと言う。
聞けば出身大学が同じで、これまではバイトでひとり、生活していたらしい。

そんな彼が突然、クビになったらしい。
私はあわてて、LINEを返す。
「なにがあったん?」
彼は答えなかった。その代わり「疲れた。しにたい」と返してきた。私は、けっこう本気で心配した。仕方がないから私の元同期に電話して訊いてみると
どうやら上司と殴り合い寸前までモメたらしく(彼は手を出していない)、
「自己退職」という名のクビになったそうだ。

そんな、あんまりだよ。

同じ残業組でがんばっていたのに。
私は遅くても20時半には帰っていたけど
彼はほぼ毎日、深夜まで会社にいた。
誰もいないオフィス(といっても小さな会社なので小汚いし狭い)で
コンビニで買った弁当を一人で食べ、
日中、どう頑張っても終わらない仕事をひたすらやっていた。
わたしは知っている。
でも悲しい事に、彼のがんばりは認めてもらえなかった。

彼が入社してきて1年くらい経った頃、いつも通り残業していた私はなんとなく、同じく残業していた彼をご飯に誘った。会社から歩いて数秒のたこ焼き屋へ行った。あの日食べたたこ焼きはとても美味しくて、今でもよく覚えている。

「大変やんな」

そう言い合える仲だった。
誰か一人でも気にかけてくれる人がいるだけで、がんばれる。というのが私の持論だったので、ちょっとした時に「大丈夫?」と声をかけていた。

私が退職してからはあんまり連絡をとっていなかったので、突然のニュースにショックを受けてしばらく落ち込んだ。もちろん、一番苦しかったのは彼である。

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そんな彼と先月再会した。
どうやら再就職先が決まったらしく、がんばっているようだ。

「残業代が出るから、がんばれる」
彼はにこやかに、でもやっぱり少し疲れた顔で(割と男前なので横顔でうつむくと物憂げで好きだ)そう何度も言っていた。

そうだね、残業代出なかったもんね。

ただ一つ、彼がぽつりと呟いた「またクビになったらどうしようって思う」っていうセリフが胸にきて、帰り道また落ち込んだ。
何度も言うが、一番落ち込んだのは彼である。


「俺が弱いだけやから」

あの日、LINEの画面に綴られた文字にはとんでもない悲愴感があった。
弱かったとしても、いい。弱くても、大丈夫。ていうか弱くないよ、がんばったね。
彼に返したいセリフは、私自身にも響くセリフだったのだ。

余談:綻びる(ほころびる)という言葉にはネガティブな意味しかないと思っていたけど、良い意味もあることを最近知りました。




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