『営業』〜50歳道子の移動スーパー奮闘記〜vol.10
『にぎり寿司、ご希望のかたー!承ります〜!』
道子は大きな声で言った。
『お姉さん、2つね!』
『私、1つ!』
12個持って来た9巻598円のにぎり寿司は、この販売場所だけで10個売れた。
金曜日3番目の販売場所の『青空団地』は道子が巡回している販売場所の中でトップの売上である。お客様の人数も多く(毎回20人以上は来ていただける)客単価も高い。そしてお客様のパワー(迫力?圧?脅威?)もNo. 1だ。それは、青空団地のお客様の性格のせいでは無いと思う。もし、買い物客が2、3人だったら、こんなに殺気立ってはいないだろう。
『欲しいモノが買えないかも…』
そう感じると人は闘争心?危機感?が出るのだろうか?
『カゴ!カゴ!』と凄い勢いだ。道子は急いで助手席の上に積んであるカゴをおろす。
移動スーパーの光景はおばあちゃん相手に、ほのぼの…と思っている方に是非この光景を見て欲しいと思う。
『これ!いくら?!値段付けてないとわからないじゃない!』
『塩サバもうないの?もっと持ってきてよ!』
他のお客さんが買っているものを見ると『あら?美味しそう。私も買ってみようかしら?』となるらしく、一つの商品がバズることも移動スーパーならではかも知れない。道子のオススメよりもご近所さんの『これ、美味しいわよ。』の一言はかなり影響力を及ぼす。なので、他の販売場所では見向きもされないが、ひとつの販売場所で大ブームが起きていることがある。
『青空団地』には野本さんと言う世話焼きおばさんがいる。物言いはキツいが周りの事も見ていて、移動車の誘導もやってくれる。そして、お料理が得意らしく、持って来たお魚の調理法まで披露してくれる。
『このカレイだったら、煮るより小麦粉つけてムニエルにした方が良いわよ』
『イワシなんて指で簡単にさばけるわよ』
買うのを躊躇するお魚でも簡単な調理法と美味しさを宣伝してくれるので『たまにはお魚にしてみようかな』と周りに思わせてくれる。
時々、1パックしか持って来てなくて『私も欲しい』と何人も言われると非常に気まずいのだが、道子はこんな優秀な営業マンに支えられているのだ。
『良いモノ持ってきたら、もっと皆んなにお料理教えられるよ』
今日も野本さんに発破かけられた道子であった。