『好意③』〜50歳道子の移動スーパー奮闘記〜vol.15〜
野口公園販売場所に低音ボイスの大柄の女性が毎週来るようになった。初めて来た時は男性?女性?と思ったが、やはり女性のようだ。
しかし、2回目に買い物に来た時から道子は彼女の視線がずっと自分に向けられているような気がした。何か探しているものがあるのか話しかけると『蕎麦ある?』とか『卵豆腐ある?』とか聞いてくる。比較的、若い人は自分でサッサと欲しいモノを取り出すので遠慮がちな人なのかと思っていた。
その頃、移動スーパーには新しく従業員が加わっていた。63歳男性の元木さんだ。63歳よりは若く見えるが、地味な印象で事務を長年やって引退したばかりです。と言った印象で、その通りだった。長年医療事務をやっていたらしい。優しい口調で清潔感もある。インターネットで求人を見て応募してきて、即採用となった。
元木は野口公園で販売するのは今日が初めてだ。販売が終わって片付けていると道子に言った。
『あの、最後のお客さん、道子さんの事好きなんじゃないですか?』
最後のお客さんとは大柄の女性のことだ。
『…。』道子は一瞬言葉に詰まった。
『道子さんと話してる時、入ってくるなオーラ凄いですよ。』
『やっぱり?思う?』
道子もそれは感じていた。今までの人生、どちらかと言うと同性に人気があった。逆を言えば男性には全くモテないのだが。しかし、その取り巻き的な女子が好きと言ってくる様子とは違う。レジでお釣りを渡しながら、『ありがとうございましたー』と言うと、
『じゃね。』
と低音ボイスで笑わず、でも真っ直ぐ道子を見て言う。誘っているような雰囲気だ。
元木はケラケラと笑いながら
『気をつけた方がいいですよ。』と言った。
『ヤバいかなぁ。』道子は困った顔をしたが、嫌な気はしなかった。男性であろうと女性であろうと何だか色っぽい話でウキウキするのだった。その大柄の女性は宇田美代子といった。
道子は毎週、宇田美代子が来るとウキウキした気分で話かけた。美代子の受け答えが全て誘っているようで、面白かった。レジの最後には、
『今日はこれで帰るの?』
販売終了ギリギリにやってきた時には
『待ってた?』『来なかったら寂しかった?』
疑えば疑うほど、道子を誘っているように聞こえた。元木が『道子さん、これから帰るの?って聞かれてましたよね?ウチ来ない?って意味じゃないですか?』と煽るので、道子も段々確信し始めていた。
2週ぐらい宇田美代子が来なかった。どうしたのかと思っていたところ、3週間後マルチーズを散歩しながら、宇田美代子が販売場所を通りがかった。マルチーズと言うイメージでは無いなと思いながら、道子は宇田美代子に手を振った。10メートルぐらい離れていて手はふりかえしてくれたが、宇田美代子は販売場所には来ようとはしなかった。買い物はしないのかなと道子が見ていると、宇田美代子とマルチーズに50代くらいのチェックのシャツを来た男性が駆け寄ってきた。美代子からマルチーズに繋がれているリードを受け取ると、こちらに会釈して2人と1匹で歩いて去っていく。
(あれ?なんだ?このフラれた様な気持ち…)
『あの人、結婚してたんですね。』
冷静に元木が言った。笑って言わないところが道子をいっそう虚しくさせた。
すべて想像だった。そして勝手にフラれた。でも何だか弄ばれた気分だ。
今日は夕日がキレイだ。早く帰ろう。この夕日の様な生ビールを飲もう。