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『叱責①』〜50歳道子の移動スーパー奮闘記〜vol.17

 9月に入ったが、まだまだ真夏の暑さだ。移動販売担当の元木が辞めてから半月が経った。

 もちろん、求人が来るはずもなく(この暑さで移動販売はやりたくないだろう)、販売はお手伝いがついてくれたものの、道子はまた半泣き状態で毎日一人で積込みを行っていた。しかし、この頃には本来の図々しさが発揮され、店内ではある程度希望を伝えることが出来るようになっていた。

 図々しくなったのには月日の他にもう一つ理由があった。道子が担当になり3月から始まった移動スーパーだが客数が右肩上がりに増えて、売上も上がっていた。120台稼働しているSマーケットの移動車の売上10位以内に入るようになった。道子は自信を持ち始めていた。お客さんからも可愛がられている感覚があった。そんな時、道子に喝を入れるような出来事が起こった。

 月曜日最後の販売場所である神明集会所にはあまりお客さんが集まらない。民家が無いわけではないので、区長さんに回覧でお知らせを回してもらっているが、いつも来てくれるのは、農家の小林さんと販売場所の裏にすんでいるご夫婦だけである。しかも、特に買い物に困っているという買い物の量ではない。しかし、その2組とも来ない場合はお客さんはゼロということになる。9月第3週の月曜日、神明集会所の売り上げはゼロであった。

 翌週、第4週の月曜日、神明集会所に車を止めて商品を並べていると、小林さんが歩いてくるのが見えた。いつもと同じ格好だ。農家のおじいちゃんらしく、上はヨレッとしたU字の襟ぐりの半袖下着を来て、ズボンはベージュの作業着というスタイルだ。腰にはタオルがぶら下がっている。

販売場所に到着してすぐ、道子は小林に声をかけた。

『こんにちは〜。小林さん、先週はどうしたんですか?』

 お客さんが少ない販売場所は、誰が来てないか把握しやすい。この神明集会所は先週は客数ゼロだったこともあったので道子は覚えていたのだ。また、大抵のお客さんはこの挨拶をすると、
『ごめんね〜、先週は娘が来てお買い物連れて行ってくれたのよー』
とか、
『え?先週来なかった?あー、そうそう、歯医者行ってたのよ、やーねー、病院しか予定なくてねー』
などと、なごむ会話に発展するのだ。道子は小林ともこんな会話になると予想していた。ところが、

『俺はなー!そういうこと言われるのが一番嫌いなんだ!今度そんなこと言ったら、二度と来ねーからな!』

小林は真っ赤な顔をして怒ったのだ。道子はビックリした。移動販売を始めて半年、初めてお客さんに怒られたのだ。
道子はオドオドしながら謝った。

『お気を悪くさせたなら申し訳ありません。いらっしゃらなかったので心配しちゃって…』

心配したと言うのは嘘だ。機嫌を直して貰わなければと咄嗟に口から出た。そして泣きそうになった。
小林は、ぬれせんべいとヤクルト10本を買って

『オレは来てる方だと思うぞ。』

と捨てゼリフを残して帰って言った。

『すみませんでした…ありがとうございました。』

道子はいつもより深くお辞儀をして小林を見送った。(つづく)

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