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裏側で支える人から#15.5
まずはインテークとして五百城と冨里が向かうことに。事情を聞いた冨里は
冨里「もしこれがせん妄に近いものだったら薬が使われるくらいだから、何も無いのであれば純粋な不安なんだろうけどね。」
五「逆にガンだと言うことを聞かされて、安定して話を聞ける人はほとんどいないと思う。○○くんみたいに大きく取り乱す事はないと思うけど、一応専門的にアドバイスをお願いしたいかな。」
冨里「了解!じゃあ行こっか。」
患者さんは個室の病室にいた。窓の外に見える海や空を虚ろな目で眺めていた。
五「失礼します。医療相談室から参りました、がん看護専門看護師の五百城と申します。」
冨里「精神神経科の冨里です。」
五「今のご気分はいかがですか?」
「運ばれてきた日よりはまだマシになったかと思います。ただ…。」
五「もしお話ができたらでいいですが、今1番抱えている大きな不安ってなんですか?」
「……今すぐに言葉にしようとすると難しいところがあります。漠然とした大きなイメージの不安という感じです。」
冨里「1番どういう時に不安を強く感じますか?寝るときとか急に起きてしまったりとか。」
「確かに寝るときは不安はとても大きく感じます。ですが、それ以上に何もやることが無い日中に不安に襲われることが最近は多いです。」
…………………………………
最初こそは、ポツリポツリと言葉を紡ぐような形で話していた患者さんであったが、徐々にではあるものの、しっかりと自分の思いを言葉にすることが多くなってきた。
五「お腹もお辛いでしょうし、今日はこのぐらいにしますかね」
「……また明日も、というのはワガママでしょうか、」
五「いえ。また伺いますね。」
その後、何度か面談を重ね、患者さんとフランクな会話までできるようになってきた五百城。兄と年代が近いこともあり、きょうだいあるあるやその年代の話で盛り上がっていった。
相談室カンファレンス
五「腹水が少し増えてきたこともあり、ベッド上での面談は少々厳しいことが多くなってきましたが、患者さんとは打ち砕けることができ、いろいろお話は聞けています。」
カタカタ
五「患者さんの今の1番の大きな不安は治療そのものというより、今後の人生の不安と言うイメージです。片方の卵巣が機能しない事は重々知っていたこともあり、卵巣を切除した後の生活や今後の癌との向き合い方が大きな焦点になっているようです。」
梅澤「むしろ治療のほうは前向きなイメージでいいのかな?」
五「そう捉えていただいても大丈夫かと思います。抗がん剤について度々聞かれた位ですし。」
久保「旦那さんともやりとりをしてみたけど、本人にはまだ病気のことを正確には伝えていないみたいで、少し重い病気が見つかったから入院すると言う程度みたいです。告知に関してもいずれは必要になるであろうと思っていた、との事でした。」
梅澤「旦那さん、立ち直っていた?」
久保「お電話とメールだけなので、いかんせんはかりかねる部分はありますが、文面や話している口調からは、そこまで大きな不安は感じられなかったかなと。」
武元「だとじゃあ第二段階に進みますかね。」
そして、病名告知の日。患者さんの腹水を抜いた後、ベッドサイドでカンファレンス形式で行うことにした。
五百城と何度も面談を重ねる中で、何となく覚悟がついていたのか、病名を聞いた後も患者さんはしっかりと話を聞いていた。むしろ旦那さんの方が最初の日のことを思い出して号泣していたのは印象的だった。
武元「癌のステージはこのくらいになり、まずは抗がん剤で叩いてみてどれぐらいになるかという感じです。放射線治療も並行して行うと確率は上がりますが、その分将来の妊娠出産となるとまた話は別かなと私は思います。」
武元ドクターが作成した資料をもとに説明を進める。難しい医療用語や福祉の用語は徹底的に排除し、誰しも読んでわかりやすいようにと久保が推敲を重ねた。
武元「薬や放射線を使っての治療の後、最後に摘出手術になると思います。これに関しては抗がん剤治療の結果判定の後になるのでまだ決定事項ではありません。もしがんの進行が早まれば手術のタイミングは早くなりますし、その時の状況によっては緊急のものになったりと正直読めません。」
沈黙を守っていた患者さんが隣に座る五百城の手をグッと握って話し始める。
「正直、最初に癌らしいと聞いた時は、私はなかなか受け入れることができませんでした。当時はまだ子供が欲しいと思っていましたし、今の現状受け入れたくないと言う気持ちで精一杯でした。ですが、徐々に変化していく自分の体を見てその思いは変化していきました。」
「初めて申し上げるかもしれませんが、私たち夫婦には特別養子縁組の子供がいます。私が小さい頃、卵巣の病気で将来の妊娠出産が難しいと聞かされたため、養子縁組を組みました。今その子は中学生になりました。まだ病気の話はしていませんが、いずれは話をしなければならないと思っています。」
グッと前を向いて決意を込めて言う。
「守りたい存在がいる中、私はこの病気に負けたくないです。」
深くうなづく武元ドクターと梅澤。五百城もしみじみと下を向く。
武元「旦那さんもよろしいですか。」
泣き腫らした顔のままうなづく旦那さん。
五「もしよろしければですが、お子さんへの病気の説明もこちらでお手伝いできればと思います。また機会がありましたらお伝えください。」
翌日から、本格的な抗がん剤治療と放射線治療が始まった。やはり副作用や薬の強い効果のせいで、髪が抜けたり精神的に参ったりすることが多くなってきたようだが、不思議と表情は変わらずしっかり前を向いて治療に臨んでいた。
お子さんへの病気告知に関しては五百城と冨里がサポートした。武元ドクターが使用したプリントを使い、より砕いた説明でお子さんにも理解しやすいようにと患者さん本人を交えてお話をした。最初こそびっくりした様子だったが、母親の覚悟を知るにつれ段々表情が固まっていった。血は繋がっていないものの、目元や表情に関しては血がつながっているかと錯覚するほど似ていた気がする。
約6ヶ月後
患者さんは静かに、そして安らかに昇天されていった。抗がん剤との相性はとても良かったものの、ガンそのものの進行速度が想像以上に早く、早めの全摘手術後も様々な場所に転移を重ねていった。治療に関しては全く弱音を吐かない患者さんであったが、家族のことを思うとよく涙を流されていた。
お亡くなりになる数週間前からは緩和ケアへと移行し、澤部ドクターと人生の仕舞い方について話し合いをしていった。死後必要なお金や保険の手続き等が多いことに本人さんもびっくりされていた。
緩和ケア中、患者さんが意識を失う前の日の夜
小坂「腹水抜きますね。」チュー
「ねぇ、あの世ってどんな場所なんだろうね。」フゥ
答えに窮す小坂。思わず機械に触る手を止める。
「私の人生は正直他の人と比べると短い方だと思うけど、幸せなことや楽しい事はいっぱいあった。今の子供に出会えたことも本当に幸せだと思ってる。向こうではもっと幸せになれるかな…」
「後悔のないように、とは澤部先生から言われたけど…後悔だらけだよね笑」フフッ
小坂「……最後に叶えたいことってありますか?」
「逆にそれがなくってね。行きたいとこにも行けたし、話したい人とも話したし。なんだろう…ないものねだりなのは知っているけど、これだけは伝えなきゃねって。」
「あなた方に出会えて本当によかった。ここの病院で良かった。」ニコッ
その言葉を聞いて、止めどなく涙が溢れてくる小坂。しばらくは患者さんの暖かい手にすがるようにしていた。翌日その話を聞いた影山主任と五百城は目に涙を浮かべながら小坂と抱き合ったという。
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作者あとがき
今回はガンの診断に戸惑うご家族のエピソードでした。これまでのストーリーもそうですが、こんな簡単に患者さんと信頼関係を築けるのは稀だと思います。じっくり面談を重ね、関係機関と調整の上行う業務ではあります。
一種のファンタジーと思っていただけますと幸いです。
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