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【小説】 ウィザード #6


「貴方には、きっとわからないでしょうね」

 アメティスタは落ちたボールを拾いながら言った。

「なんでだよ」

 レオは腕を組み、不服そうにアメティスタを一瞥する。

「貴方は、現代魔術界最強ですから」

 アメティスタは俯き、凪いだ海のような静かな声で言った。

「貴方は何もしなくとも、世界では常に魔獣が湧いて、人を襲っている。だから、貴方は一生仕事には困らない。ですが、魔法看護官は常に供給過多。人手不足の魔術師とは違って、待っていれば仕事がくる訳ではないのです」



 十数年前、各地で魔獣が大量発生した。人々は恐怖し、救いを求めた。そんなとき、魔術師は現れる。瞬く間に魔獣を退治し、人々に安寧をもたらした。

 それをきっかけに、魔術師の知名度が飛躍的に上がった。それまでは、魔獣というものは、都市伝説に等しいほど、珍しかったから。

 それ以降、魔術師は憧れの的となり、たくさんの子供が魔術師を目指し、魔術学校に入学した。

 しかし。

 魔術師になれるのはごく一部の天才のみ。

 魔術師という夢を諦めた者たちは、魔術師よりもなり易い、魔法看護官を目指した。

「魔法看護官は、魔術師のように、血を吐くような努力はしなくて済むのです。ただ、魔術のある程度の技能があれば、誰でもなれるのです」

「でも、あんたは天才なんだろ?待ってたって仕事は…」

「来ません」

 アメティスタはぴしゃりと言った。

「治癒魔術は、誰が使っても同じなのです。だから、手にした仕事(チャンス)を手放すわけにはいきません」

 仕事ねぇ、とレオはつぶやいた。

 半開きになった窓から風が吹き込む。柔らかな若葉の匂いを乗せた、清々しい風だった。

 アメティスタは、改めまして、と前置きをしてから、姿勢を正して言った。

「本日より、レオ・セルリアン様の専属看護官を務めます、アメティスタ・エキナセアと申します。よろしくお願いいたします」

    第六話  仕事(チャンス)



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