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【長編小説】さよならが言えたら#9

【時代背景】
江戸時代後期ごろ。(現代ではありません。また、歴史に基づいた物語ではないので、時代だけ頭に入れていただけるとすんなり読めるかと思います)

【キャラクター説明】
[桜空]
15歳。一年前の夏祭りの日、事件に巻き込まれて両親を亡くす。近藤に引き取られ彼の営む剣術道場で暮らすようになる。
[総司]19歳。近藤の剣術道場に居候している。
[近藤]剣術道場を営んでいる。
[すみれ]近藤の妻。医療担当。
[敬助・三哉]
桜空と総司の友達。近藤の剣術道場に通っている。

[あらすじ]
 総司と夏祭りに来ていた桜空。しかし、途中で総司とはぐれてしまう。
 道場に探しに来た桜空は、道場に見知らぬ女性と血だらけの総司を見つける。総司の付きまといをしていた女性は、勘違いから総司を殺そうとしていた。
 総司を守るため、過去に踏ん切りをつけるため、桜空は女性に立ち向かう。
 女性を倒し馬乗りになった桜空は、女性が落とした小刀を手に、それを無意識に振り下ろした。

[本文]

「桜空!」
 小刀が女性の胸に刺さる直前、総司さんの怒号が飛ぶ。
 夢からさめたような心地だった。今更ながら、恐ろしいことに足を踏み入れていたことに気が付く。
 小刀から手を離す。
 馬乗りになっていた女性が、恐怖のせいか、気を失っている。
 髪を結っている組紐を引っ張って抜き、女性の体を柱に固定して組紐で縛る。すみれさんのあの言葉が実際に役に立つとは、思いもしなかった。
 これでもう、動けないだろう。安心して総司さんのもとに行くことができる。
「総司さっ……⁉」
 総司さんの体が、ゆらりと大きく揺れ、傾き、瞬く間に床にたたきつけられる。
「総司さん!しっかりしてください……!総司さん…!」
 総司さんはむせ返り、血を吐いた。瞬く間に畳の上に、鮮血の花が咲く。
 はやく、はやく処置をしないと、総司さんも、両親のように。
「い、今、すぐに止血しますから…!大丈夫です!きっと、ううん、絶対に。助かります…!私が、私が助けますから……!」
 羽織っていた純白の羽織を脱ぎ捨て、何回かに折りたたんで傷口に強く押し当てる。
 押し当てた羽織は、みるみるうちに朱に染まっていく。
 総司さんの口から、信じられないほどの、獣のような咆哮がもれた。
「総司さん、ごめんなさい……!私が、来るのが遅れたから、もっと早かったら、きっと、こんなことには…!もう少ししたら、きっと皆来てくれます!敬助さんも、三哉くんも、近藤さんも、すみれさんも…!それまで、それまで持ちこたえてください…!私を、ひとりに、しないでください……!ひとりに、しないで、」
 反応がなくなり、体に入っていた力もどんどんなくなっていく。純白の羽織にしみこんでいく血液は止まる気配がないのに。
 突然、全開になった障子の向こうで、まぶしいほどに煌めく光の花が咲いた。
 遅れて、どん、という体に芯に響くような低音が鳴り響く。
 障子の外、星のようにきらめく美しい光に、ほんのひと時、見とれた。
「……、さ、く……?」
 弱々しい言葉。それでも、自分の名前を呼ばれたと、すぐに気が付く。
「はい…!総司さん…。」
「……俺、は、…大丈夫、です、から……。」
 そう言って、総司さんは、手を伸ばす。
 今にも力が抜けてしまいそうな、震えるその手を、強く握りしめる。
 こんな時でも、いつものように笑おうとしている総司さんを見て、涙がこぼれそうになる。握った手はほとんど力が入っておらず、夏夜に不似合いなほどに冷たくて。
「桜空ちゃん!」
 突如聞こえてきた声。
 開けっ放しにしていたままの道場の入口の戸から、敬助さんが走ってくる。その後ろから、三哉くん、近藤さん、すみれさんがやって来る。
「皆さん……!よかった……。」
 全身から力が抜ける。安心したのか、体中から汗が噴き出る。
「あの、人が、総司さんを小刀で刺して、……。」
 もう、それ以上言うことができなかった。視界が真っ暗になり、体が硬直する。底のない泥沼に落ちていくように、意識を手放す。
 もう、動きたくない。
 これが、全部夢だったらいいのに。
 いっそ、あの日に戻れたら。

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 鳥の鳴き声。
 まぶしい光で目を覚ます。
 目が覚めると、いつも通りの自分の部屋。道場の離れの、いちばん南側の部屋。
 あの記憶が、夢ではないと、服に着いた血液に教えられる。
 総司さんは、無事なのだろうか。あの後の記憶は全くない。そのまま気を失ってしまったようで、どうなったのか、分からない。
 飛び起きて、隣の、総司さんの部屋に駆ける。勢いよく扉を開ける。大きな音が鳴り、扉が開く。しかし、そこには誰もいなかった。妙に整頓された、まったく人気のない静かな部屋が、そこにはあった。

 おかしい。この離れに、人の気配がない。


[告知]
次回!
 なんとか女性を拘束し総司を守れた桜空。
 しかし、総司の鼓動は弱くなっていく…。
 次の日、血の付いた服、人の気配のない離れ。
 桜空が気を失ったあと、何があったのか!?
 さよならが言えたら#10 お楽しみに!


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