見出し画像

【長編小説】さよならが言えたら#3

【キャラクター説明】
[桜空]
15歳。一年前の夏祭りの日、事件に巻き込まれて両親を亡くす。近藤に引き取られ彼の営む剣術道場で暮らすようになる。
[総司]19歳。近藤の剣術道場に居候している。
[近藤]剣術道場を営んでいる。
[すみれ]近藤の妻。医療担当。
[敬助・三哉]
桜空と総司の友達。近藤の剣術道場に通っている。

[あらすじ]
 総司と夏祭りに行くことになった桜空。総司に想いを寄せる桜空は、敬助から「夏祭りの最後の花火が上がったときに手をつないでいた恋人は永遠に一緒にいられる」と言う噂を聞く。浮き足立つが、桜空をいやな予感が襲っていた。

【本文】

「きれいな髪だな。」
 夏祭り当日になってしまった。
 この後の夏祭りに向けて、すみれさんに髪を結ってもらっているところだ。しばらく髪を切っていなかったせいか、かなり、髪が長くなっているようだ。
「空色のリボンで結っておくからな。」
 きっと、瞳の色に合わせてくれたのだろう。しかし、なにぶん、ひもが長いような気がする。桜空の身長まではいかないものの、髪を結うには長すぎる気がする。
「こんなに長いリボンで結うんですか?もっと短くても……。」
「長いリボンで困ることはなんもないさ。」
 すみれさんは、これから起こることが何でも分かっているかのように、諭すように言った。
 すみれさんは若々しい。でも、そんな容姿からは考えられないほどの知識の持ち主である。
「ほい、できた。楽しんできな。」
 力強いすみれさんの言葉。きっと、元気づけてくれていると、そう思った。
 上に羽織ったいつもとは違う色の羽織が、風になびく。桜色ではなく、星の光のような純白。特に髪飾りが付いているわけではないのになんだか頭が重たいのは、髪をくくって結んでいるからだと思いたい。
「……お、遅く、なりました…。」
 道場の入り口から外に出ると、総司さん、敬助さん、三哉くんが待ってくれていた。
「とても似合っていますよ。」
 さわやかな笑みをたたえて、総司さんは言った。

思いっきり楽しもう。そう思った。

「すごい人混みですね。」
 夏祭りの出店街に行くと、今まで見たこともないくらいの人出だった。
 人と人がめまぐるしく移動していく。その上、夜も更け始めて、足元が見えにくい。気を付けていなければ、すぐに総司さんとはぐれてしまいそうだ。
「手を、つないでも、いいですか……?」
 意を決して、途切れ途切れに紡いだ言葉は、喧騒にかき消され、総司さんには届かなかった。言わなければよかったと後悔する。

 ああ。後悔してばかりだ。いつからか、ああすれば、こうすれば、と、後悔してばかりの日々を送ってきた。考え方をほんの少し変えるだけで、後悔しないように生きていくことだってできるはずだ。でも、どうやっても自分にはできなかった。
「どうかしましたか?せっかくの夏祭りですよ。今年の夏祭りは、後にも先にも一回だけです。一緒に楽しみませんか? 」
 総司さんの一言で、すべてが吹き飛んだ。どうしてこんなにも影響力があるのか。
「なにか、興味のある出店とかありますか?」
 顔をあげてみてみると、夜の暗い空の下で、いくつもの出店の光が一本の筋のように連なっていた。ずっと、下ばかり向いていたから気が付かなかったのか。
 苦手だったはずの夏祭りは、こんなにも綺麗で。
「お面の、お店に行って、みたい、です。」
「あっちの方ですね。」
 進行方向の斜め左を指さして、総司さんは言った。置いて行ってしまわないように、歩調を合わせてくれる。
「たくさんありますね。」
 総司さんは珍しそうに言った。ひょっとこや、おかめ、鬼などのお面があった。その中でも、狐のお面がいい、と桜空は思った。でも、何がいい、と聞かれても、素直に答えられなかった。
「同時に、指さしてみませんか?そのほうが面白そうです。」
 答える暇もなく、総司さんは、せーの、と声を出す。指を指したのは,色違いの狐のお面。
「色違いですね。桜空は桜色の模様のもの、俺は青色の水の文様のもの。」
 これにしましょう、と言って、総司さんはお店のおじさんに声を掛けた。流れるような手つきでお金を払う。
「俺は、お面という物はとてもいい物だと思います。」
唐突に、総司さんは呟いた。
「ですが一般的には、自分の本当の顔を隠せるから、あまりいいものだと思っていない人が多いようです。」
 どこか遠くを見つめるように、総司さんは顔を上げた。
「でも俺は、そうは思いません。ひと時だけでも、誰かのためにお面をかぶることで、人は、鬼でも獣でもなれてしまうんですから。」
 独り言なので気にしないでください、と総司さんは言った。でもなぜだか、ただの独り言とは思えなくて。

「あっ、総司ぃ~!」


[告知]
次回!
 少しずつ夏祭りを楽しいと感じ始めた桜空。
 総司の名を呼んだのは誰なのか?
 そして総司のひとりごとの意味とは…?
 さよならが言えたら#4 お楽しみに!


いいなと思ったら応援しよう!