君に伝えたくて
拝啓 君へ。
今年も君の誕生日が過ぎたよ。
一緒に祝うはずだったんだけどな。
もう八月も終わるというのに、
僕のまわりだけ時間が止まったみたいだ。
どこにだって、まだ、君の痕跡がのこってる。
違う、のこしているんだよ。
いつ君が帰ってきてもいいように。
君に、あいたいよ。
いつになったらかえってくるんだよ。
あいたい、あいたいよ。どこにいるんだよ。
僕をおいていくなよ。
一人にするなよ。
ひとりに
「…っ、ひとりに、するなよ、っ…!」
書きかけだったそれを、くしゃりと握って放り投げると、床の上の紙屑がまたひとつ増えた。
『貴方の書く文章、とてもきれいです。まるで映画を見ているみたい』
君から僕に声をかけたんだよ。
どうして、君が僕に声をかけたのかはわからない。
『輝さん、見てください!』
君に名前を呼ばれるのがとても嬉しかったんだ。
まるで風鈴の音ように儚く、甘い。
月の光のように凜として、静寂にとけるような。
『あの、手、繋いでもいいですか…?』
触れたら幻のように消えてしまうんじゃないかって
不安になってしまうくらい、君は。
ふとしたときに、君の笑顔がよみがえるんだ。
向日葵畑ではしゃぐ君の笑顔。
夏生まれだから向日葵が好きなのだと言っていた。
君は、身長より高い向日葵を見上げる。
そのたびに、すごいすごいと写真を撮って。
『輝さん!あっちにも行きましょう!』
あの時、僕の手を引いた君は太陽みたいで。
あっち、と指を指したその先にはきっと、まぶしい未来が待っているのだと思った。
『輝さん!』
手を振ったときに見せるはにかんだ笑顔とか、
『すごいです!』
好きなものを見たときのきらきらした顔とか、
『あ、ありがとう、ございます…』
褒めたときに見せる少し照れた顔とか、
『また、あえますよね』
帰り際のさみしそうな顔とか、
『ちょっと待ってください、これ終わってからで…』
何かに一生懸命なときの顔とか、
『うわぁ…』
何かに見とれるような甘い顔とか、
『大丈夫、ですから…!』
弱いところを見せないように強がるときの顔とか、
『今だけ、いいですか』
僕にだけ見せる苦しそうな顔とか、
『なんか、すごく嬉しいです』
手を繋いだときの恥ずかしそうな微笑みとか、
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
そばにいられると思っていたんだよ。
今までもこれからも、君の隣は僕だと思っていた。
すぐに会えるから、
明日も僕は君のそばにいるから、
伝えるのは、また今度でいいと思っていた。
もっと、ちゃんとしたときに言おうって。
君に触れて、君を抱きしめて。
それで伝わっていると思っていた。
だからかな。
君がいなくなって、自分がどれだけ馬鹿だったのかを思い知った。
なんで、ちゃんと言わなかったんだろう。
なんで、ちゃんと伝えなかったんだろう。
なんで、明日もあると思ったんだろう。
なんで、当たり前を当たり前だと思ったんだろう。
なんで。
今ならちゃんと言えるのに、いつでも伝えるのに。
また、便箋を一枚取り出す。
君に伝えたいことを、伝えなくてはならないことを書くために。
僕に声をかけてくれて、僕のそばにいてくれて、
僕にたくさん笑顔をくれて、僕を照らしてくれて、
僕と手を繋いでくれて、ありがとう。
違う。僕が書きたいのは、もっと…。
一言では表せそうにないこの想いを、
君が好きだと言ってくれた僕の言葉で伝えたい。
だから、もう一度はじめから。