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元カノと浮気した話
「忘れることは覚えることより難しい」(一ノ宮積)
実写版映画『荒川アンダーザブリッジ』より。
映画オリジナル脚本だったから原作には無かったセリフだと思う。
言葉は少なくとも、亡くなった妻のことを想い続ける様子が妙に印象に残ってる。
やっぱり、好きな人は忘れられない。
出会いと別れ
大学1年の春
学食で時間割表を眺めている女の子を見かけた。
真新しいANNA SUIのトートバッグから覗く教科書を見て、同じ学部の同級生だとわかった。
この時なぜ声を掛けたのか
なんと声を掛けたのか
まったく覚えてない。
ただ簡単な自己紹介をして
一緒に時間割を組むことになった。
「共通科目以外にもさ、何コマか一緒に取らない?」
彼女はそう提案してきた。
恋人いない歴=年齢だった僕はこんな一言で彼女をちょっと好きになった。
その後は授業で頻繁に顔を合わせるようになり
帰りの電車も一緒になることが多かった。
授業の合間に一緒にランチを食べるようになった。
空きコマに本屋へ行ったりした。
休みの日に会うようになった。
夏の気配を感じる頃には僕らは恋人同士になっていた。
ただお互いが初めての恋人だったせいか、付き合ってからなかなか距離が縮められなかった。
結局、半年ほどプラトニックな関係を崩せないまま彼女の方から「冷めた」とフラれてしまった。
彼女が元カノになってからも僕は未練タラタラで、頻繁に遊びに誘った。
元カノに新しい恋人ができても、僕は変われなかった。
その後も元カノへの未練を断ち切ろうと試しに何人かの女性と付き合ってみた。
だけどやっぱり他の人を好きになることはできなくて、そのまま大学4年の冬を迎えた。
浮気の始まりと終わり
ある日、元カノがSNSに彼氏の愚痴を投稿してるのを見つけた。
下心全開の「俺でよければ話聞こうか」作戦だったけど、あっさりサシ飲みに持ち込めた。
クリスマスムードに色めく街で、終電を逃すまで飲み歩いた。
お互いに恋人がいて、お互いにいけないことをしている自覚があった。
だからこそ最高の夜だった。
「うちら悪いことしてるね」
「付き合ってた時よりドキドキする」
「ラブホ初めて来た。いつも彼氏の部屋だから」
「すごい優しくしてくれるよね」
「なんか上手くない?笑」
「彼氏より気持ち良かったかも」
奇妙な話だが、この夜に元カノに言われたことははっきり覚えてる。
お互いの恋人に対する罪悪感や優越感をスパイスにしたセックスの気持ち良さもはっきり覚えてる。
僕はここで歪んだのか。
それとももっと前から歪んでいたのかはわからない。
だけど、自分が浮気できる人間だと自覚したのは確実にこの夜だった。
その後も半年ほど、何度か体を重ねた。
クリスマスイヴ。昼間はお互いの恋人とデートした。
夜はホテル街で待ち合わせ、それぞれが今日恋人と何をしたかベッドで語らった。
新年の姫初めはもちろん元カノだった。
一緒にガキの使いを見ながら笑い合った。
感じてる顔がグッとくると言って、何度も口でしてくれた。
口内に出すと、お願いしてないのに当然のように飲んでくれた。
毎回備え付けのゴムが無くなるまでするから
元カノに会う前にいつも自前で用意していた。
卒業式の後、LUSHで買ったバスボムを溶かしたお風呂で、就職したら会いづらくなるねなんて話した。
ただの一度もお互いに「好き」とは言わなかった。
誰に教わったわけでもないが、浮気にはそういうルールがあると知っていた。
思ってたとおり就職を境に連絡頻度が落ち、会う機会も減り、なんとなく自然消滅してしまった。
浮気という関係性にあった元カノを、僕はなんとなく等閑視してたのかもしれない。
あの時「好き」と言葉にしてたら、僕はこんなクソ野郎になっていなかっただろうか。
恋人関係を清算してきちんと付き合いなおしてたら、今も二人で太陽の下を歩けただろうか。
そんな夢想をすることもあるけど、今の僕には大切な妻もいて、可愛い子どももいる。
後悔はしてないし、やり直したいとも思わない。
だけどやっぱり、好きな人は忘れられない。