店内ではお静かに

さあ、ここは○○町の大手書店、魅力的な書籍が並ぶ一角だ。今回もステキなダンスが期待できるぞぉぉぉ!
(なにも知らずに棚の前に立つ大学生、目当ての本の前に立ち、腰を曲げて背表紙をじっと睨む)
おっといきなり購入思案かー? 接写レンズのごとく目を背表紙にびっっっっったりつけているぞ。
さっそく本を手に取った! ここ何週間か迷っては止め、迷っては止めているお気に入りの画集をまた手に取っている! ぱらりぱらりとページをめくり、ステキな絵画に目眩が起きそうだ。眉間を指でつまみ、天井を仰いだぁぁぁぁ。どうですか山本さん、これ、行きますかねえ。
「いや、まだでしょうね。だいぶ迷っているのには変わらないようです」
小声でなにか呟いているぞ。音声さん、これ拾えますか?
(「はあああ、尊い……」カメラが口許をズームして呟いている言葉を撮ろうとしている)
尊い! 尊いですねえ。尊い。物心ついたときから心を鷲づかみにされている画家の画集だ、いつかは手に入れたい! しかし今月はすでに書籍に費やせる予算は尽きようとしている! さあ、どうする?
(いったん棚に戻し、二歩後ろに下がる。腕を組み、左手を顎の下に持って行き、ため息を吐く)
おーっと、始まるか? 迷える子羊にのみ許される可憐なダンスが見られるか?
(よし、と呟いているようにも見える状態から棚に戻した本を再び手に取り、脇に挿んだ)
(カバンの中から財布を出し、中身を見て、眉をしかめる。財布の中身がギリギリのようだ)
ああああっ、これはまずい! ここで画集を買ってしまうと週末までの食費が尽きてしまう! さあ、どうする、どうする!!
(んー、と唸りながらまた本を棚に戻す。本来置いてある場所からすこしずれたところに置いたようだ)
来ました、本の目くらまし! その程度では店員の目は欺けない!
腕を組んだ、首をかしげた、悩んでいます、悩みますねえ。どうですか、山本さん。
「そろそろ出るんじゃないですか」
(手を伸ばし、本に手をかけ「いや、やっぱなあ」と戻す。「んー、でもなあ」とまた本に手をかける)
で、で、出たあああ!!! こうたやめた音頭!!! こーれーはーすばらしい手の動きだー!!!
(手を伸ばす。一歩前に進む。「いや、でもなあ」手を戻す。一歩下がる)
(まわりを見る。また手を伸ばして本に手をかける。が、またそこから手を離す)
「いやあ、いいですねえ。素晴らしい『こうたやめた音頭』です」
素晴らしい動きだ、こーれーはー美しい! 迷いに迷って最後どうなるか、買うのかい、買わないのかい、どっちなんだい???

(手を引っ込めたタイミングで横から手が伸びる。同年代の学生らしき人が同じ本を手に取ったようだ)
あああああ!!!! これはっ! これは! こーれーはーライバル出現だあああ!!!
「これはまずいですね。前回もこの方に同じ本を取られたんですね。趣味がにているようですが、この方の方が決断力があるようです」
(あ、とまわりに聞こえるくらいの大きさの声が聞こえた。目が合う二人)
(「……買います?」)
(「あ、あ、や、えー」)
(聞いたほうもどうしていいかわからず、手に持った本を戻せばいいのか、渡せばいいのか、考えあぐねているようだった)
この本は既に版元では品切れ重版未定、ここで手に入らないとおそらくこの地域で扱っている書店はないぞ。どうする、どちらが手に入れるのか!
「二人が会話をはじめたようですよ」
カメラさん、ちょっとアップにしてもらえますか。
(大学生はなんと言えばいいのかわからないような顔をして黙ってうつむいている。後から来た学生は本をぱらぱらと見ながら大学生がなにか言うのを待っているようだった)
(「てか、前もこんな感じで自分が取ってっちゃったんですよね」)
(「や……あれは……あれは他の本屋さんで買えたからいいんです。自分の他にあれがすきな人がいるんだって思ったらなんか」)
(「何度も続くとストーカーみたいですね」)
(「そんな! そんなことないです!」)
(大学生は前後に身体を移動させながら、しかし視線は本から離れなかった)
こうたやめた音頭が続いている! 視線は獲物に狙いを定めたトンビのようだ! 風に乗って下降して獲物を獲るのか? それとも今回も諦めて譲ってしまうのかああっ??

(大学生は手のひらをぐっと握る。これはいつも我慢して諦めるときのポーズだ。今月はもう余裕がない。先月ももやしだけで乗り切ったのだ。今月もそれをしてしまうと何カ月同じことを繰り返すのだということになってしまう)
おっと、視線を別の本にやった! 今回は諦めるのか! 諦めてしまうのか??
おもむろにスマホを見始めたぞ。
(手元がズームされる。スマートフォンの画面には図書館の蔵書検索。鬼のようなスピードで検索をはじめた)
なんと、なんと、書店の店頭で図書館の検索を始めたぞ。これは買うのを諦めて図書館で借りることにしたか!
「最寄の図書館の蔵書はすばらしいですからね。大学生のお財布事情を考えると借りることにするのは賢明な判断かもしれません」
(「大丈夫になりました。どうぞ。すみません」)
(「……よくわからないけど……いいんですか」)
(「大丈夫、です」)
唇を噛んでいるぞ、これは悔しい、敗北記録が更新されている、これは悔しいですねえ。
(じゃあ、と後から来た学生は目当ての本を持ってレジのほうに向かった。)
(ああ、と天井を仰ぐ大学生。自分に財力があれば。アラブの富豪なら。叶姉妹の三番目なら。見た目はどう考えても永野か阿佐ケ谷姉妹だけど)
(しばらく棚の前で経ち尽くし、本の厚みのぶんだけ空いた本棚を眺める)
(「よし」と気合いを入れて棚を離れる)
山本さん、今回はこうたやめた音頭よりも駆け引きのほうが見物でしたねええ。
「あの間合いは恋に落ちても不思議ではありませんでしたね」
しかしあの二人では私たちが良くても世間は許さないでしょうねえ。
さあ、次回はどんなダンスが見られるか。次回注目の舞台は××玩具店のプラモデルの棚です。
それでは現場から以上です。山本さん、ありがとうございました。
「ありがとうございました」

すぱあああああああん!!!!
後頭部にきれいに入る丸めたアルバイト情報雑誌。
「うっさいんだよ、落ちついて本が探せねえだろ、騒ぐなら外でやれ」
おあとがよろしいようで。

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