辞めていった看護師たちへの想い3
「本当にごめんなさい、私事で辞めさせていただきます…」
涙ながらに病棟メンバーの前で頭を下げた先輩をいまだに忘れられない。
彼女は頭もよくて熱意のある人で、看護大学を卒業後、看護師としてしばらく病院で働き、その後大学院に入って学びなおした。
卒業後は、地域の保健師業務のようなことをやっていたようなことを言っていた。
そんな彼女は、結婚してパートナーの仕事の関係で愛知県に引っ越し、出産、産休後に私の働いている急性期の病院で同じ部署に再就職した。
みんながあまりやりたがらない看護研究やデータ分析なども得意としていた。
臨床現場で働くのは久しぶりで、ブランクもあり始めの頃はなかなか仕事を覚えられず、苦労していた。
初めての慣れない育児もあるものの、パートナーは仕事で忙しく、四苦八苦しているように見えた。
彼女は九州の出身、パートナーも県外に両親がいて子育ての援助が受けられない状況。お子さんが熱を出したと呼び出されてはお迎えに行き、休むことも重なった。
仕事を覚えたいのに時間内になかなか学ぶ機会が設けられず、時間外の研修や勉強会にも参加できない。
とても真面目な彼女は、いつも申し訳なさそうにしていた。
彼女といっしょに働いていたとき、私はまだ出産も結婚もしていなかった。
ひとり暮らしで好き勝手にでき、仕事にどれだけでも打ち込める日々を過ごした。
子育てをしながら働く大変さを口では「大変ですね」なんて言いながらも、その大変さの本質は全然わかっていなかった。
彼女はいつも困ったような笑顔が印象的だった。
とにかく穏やかで、物静かで、優しくて。
私が看護研究でつまづいた時も、自分がとても大変な中であったろうに、いっしょに考えてくれたりアドバイスをくれたりした。
大学院を卒業されていたこともあり、みんなが苦手な看護研究をとてもわかりやすく教えて下さり感動したのを今でも思い出す。
仕事のことは私が教えてあげられることは伝えるようにしたり、大変そうなときはいつも声をかけるようにしているうちに、だんだんと仲良くなっていった。
ご自宅まで伺って、手作りのピザをごちそうになったり(とってもおいしかった!!)手料理を振る舞ってもらったり、クッキーのお土産をもらったり…。
アットホームで温かいひと時だった、無邪気な娘さんもとても可愛らしく、娘さん想いの本当に優しいお母さん。
1年が経つか経たないころ、最初の言葉に戻る。
「本当にごめんなさい、私事で辞めさせていただきます…」
突然彼女は病棟スタッフの前で涙ぐみながら頭を下げた。
確かに早退も休みも増えてきていたけれど、病棟の雰囲気は悪くなく師長さんも快く承諾していたようにみえていたけれど…。
彼女は本当に真面目で、迷惑をかけることが辛かったと。
そして子育てを十分にできない自分が辛かったと。
あまり旦那さんの協力が得られていないようでもあった。
私は彼女の涙が忘れられない。
だって、きっと看護師を続けたかったんだと思う。
大学院まで出て、志高く看護師の仕事を選ばれたのだと思う。
ブランクもありながら、急性期の病院に就職することはとても勇気がいること、しかも初めての子育てもしながらなら尚更だ。
そして心優しくて、真面目で責任感のある彼女は、休みがちになったり早退するたびにいつも謝っていて、気にしないでとみんなが言っても本当に申し訳なさそうにしていた。
彼女は辞めるという選択をした。
もし子育て支援がもっとあれば?
夫の協力があれば?
夫の職場が子育てに理解があれば?
看護師ママが働きやすい環境だったら?もっと人がいれば?
休むのも早退するのも誰もが当然だという社会情勢だったら?
彼女は辞めなくてもよかったのかもしれないし、彼女が描いた看護師としての未来に向かっていけたのかもしれない…。
彼女の涙が忘れられない。
思い出すと涙が出てくる。
その後の彼女は
何年かして私に娘が産まれた頃、LINEのタイムラインで私のアイコンに娘の姿になっているのをみかけたのか、彼女から連絡があった。
「お子さん産まれたんですね、久しぶりに会いませんか?」
愛知県内ながらも、当時よりもずいぶん遠くに引っ越されていた彼女は、まだ小さい娘さんを連れてわざわざ家まで来てくださった。電車の乗り継ぎも悪い田舎の私の家に来るまで1時間以上かかったと思う。
娘さんも大きくなって、確か4歳になっただろうか、活発で可愛らしいお嬢さんになっていた。
彼女は地域の活動に看護師として携わっていた。
優しく穏やかで、広い視点を持つ彼女にはじっくり取り組めるよい仕事のようだった。
私に母として看護師の先輩としてたくさんの言葉をかけてくれた。
何より彼女がとても明るく、はきはきとしていて、困ったような笑顔ではなくて。
元気で、充実しているようで良かった。
彼女なりのペースで彼女のやりたいことをやっている。
ほっとしながらも、今こうして振り返ってみるとすべてが良かったなんて思えない自分もいる。
「看護師の働き方は1つじゃない」
確かにそうだけれど、それで済ましていいのだろうか。
だってあの時の彼女は看護師を続けたかっただろうから。
あきらめるんじゃなくて自分で道を選びたい。
あきらめるを前提にしてほしくない。
看護師が自分の人生も仕事もどちらかを選ぶんじゃなくて、どちらも輝かせられるように。
彼女を思い出しながら、考えています。