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Hauschka 『What If』ライナーノーツ



アーティスト:Hauschka
タイトル:What If
レーベル:p*dis
品番:PDIP-6568
発売日:2017年3月31日(金)
作品詳細:http://www.inpartmaint.com/site/19415/


ハウシュカがつづけてきたプリペアード・ピアノの驚くべき探求は、この作品によって別次元へと到達した
− ダスティン・オハロラン

ハウシュカことフォルカー・ベルテルマンにとって、3年ぶり、通算8作目となるスタジオ・アルバム『What If』が届けられた。これまで数々の書き手によって、ハウシュカの音楽が論じられてきたが、本稿においては改めて彼の足跡に触れながら、最新作について述べていきたい。

ドイツのクロイツタール出身、デュッセルドルフ在住のピアニストで作曲家のフォルカー・ベルテルマン。1966年生まれの彼はプリペアード・ピアノの可能性を追求するハウシュカ名義で広く知られるようになるが、意外にもデビューは彼のいとこと結成したヒップホップ・バンド、ゴッズ・フェイヴァリット・ドッグだった。しかもメジャー。このバンドで彼はラップとソングライティングを担当。ソニー傘下のエピック・レコードより1994年にアルバムを1枚リリースし、1996年、彼の脱退によりバンドは解散。

その後、8歳のときからはじめ、10年にわたってつづけていたクラシック・ピアノのトレーニングに改めて数年を費やすとともに、エレクトロニック・ミュージックのプロジェクトをはじめる。エレクトロニック・トリオ、ノーネックスとして1998年に、トールステン・マウスとのエレクトロニカ・デュオ、トーントレイガーとして2002年にそれぞれアルバム・デビュー。そして、トゥ・ロココ・ロットのステファン・シュナイダー、モグワイにも参加していたルーク・サザーランドと結成したフォークトロニカ・バンド、ミュージックAMでは2004年にデビュー・アルバム『A Heart & Two Stars』をリリースし、好リリースを記録した。ハウシュカとしてのデビューはミュージックAMのデビューの直後のことだった。2004年にケルンのレーベルKaraoke Kalkより、1stアルバム『Substantial』をリリース。当時、ヴンダーやメアツ(März)、高木正勝などをリリースし、Morr Musicとともにポップ・エレクトロニカ・レーベルの双璧といえた当レーベルにあって、エレクトロニカ要素を含めつつもソロ・ピアノをメインにした愛らしい実験性はおおきな驚きをもって迎えられた。フォルカー・ベルテルマン38歳の年のことだ。

2005年、おなじくKaraoke Kalkからリリースした2nd『The Prepared Piano』はそのタイトル通り、ハウシュカのステートメントともいうべき作品だった。「プリペアード・ピアノ」はピアノの弦にゴムや金属や木片などを挟んだりすることによって独自の音色に変化させた楽器をいう。現代音楽の作曲家ジョン・ケージによって1940年に発明されたとされている。ハウシュカはさらにピンポン球からE-BOWまで実にさまざまなマテリアルを用い、ピアノに”プリパレーション”を施す。プリペアされたピアノはピアノ本来の音色が失われ、打楽器的な響きが得られる。『Substantial』の制作時のこと、最初はピアノ作品にパーカッシヴな効果を加えるために、クリスマス・ケーキのホイルをピアノ内部の弦に巻いてみたことがハウシュカとプリペアード・ピアノの蜜月関係のはじまりだった。ハウシュカ自身がピアノの音色に代わる方法を模索しはじめたとき、ジョン・ケージのプリペアード・ピアノのことを認識してはいなかったというが、この『The Prepared Piano』とともにプリペアード・ピアノの道により踏み込んでいってからはケージの影響を受けているらしい。彼がつくる音楽は決してジョン・ケージへのトリビュートではないし、ケージの作曲と比べるとよりメロディー・オリエンティッドな音楽だとハウシュカ本人は認めている。「プリペアード・ピアノ」の名前が堂々と冠せられたこの作品は、ヨハン・ヨハンソンやマックス・リヒターなどと並び、のちに「ポスト・クラシカル」と呼ばれることになるジャンルやシーンの始祖として挙げられる作品のうちのひとつだ。

Karaoke Kalkを離れたハウシュカはFatCatのサブ・レーベル130701と契約。当時、マックス・リヒター、シルヴァン・ショーヴォーを擁し、のちにヨハン・ヨハンソンやダスティン・オハロランとも契約する、そんなポスト・クラシカルの重要レーベルからハウシュカは『Room To Expand』(2007)、『Ferndorf』(2008)、『Foreign Landscapes』(2010)、『Salon Des Amateurs』(2011)という4枚のアルバムを残している。このなかでも特にハウシュカの評価を決定づけたといえるのは、2008年にリリースした4thアルバム『Ferndorf』だろう。彼の故郷クロイツタールにあるフェルンドルフというちいさな町の名前からつけられたアルバム・タイトル。子供時代の記憶とノスタルジアにインスパイアされたこの作品は、物理的にも時間的にも過去から遠く離れた現在の彼による現状報告のようなものだった。アルバムを通して、チェロのストリング・デュオ(インサ・シルマーとドーニャ・ジェンバー)をフィーチャーし、かすかにエレクトロニクスも取り入れた穏やかで優美な音楽。長いキャリアのなかで多くのファンを獲得してきたが、この作品をフェイヴァリットに挙げるファンも多いのではないか。

サンフランシスコの12人編成のマジック・マジック・オーケストラをフィーチャーした2010年の5thアルバム『Foreign Landscapes』を経て、2011年にリリースした6thアルバム『Salon Des Amateurs』では、かねてからハウシュカがピアノ・ミュージックに持ち込みたかったパーカッシヴなエレメントと、プリペアード・ピアノのリズム面での可能性の追求に大きく舵を切った作品で、まさにハウシュカ流のダンス・ミュージックという趣のあるものだった。このアプローチは最新作に至るまで受け継がれていく。

2012年には『Salon Des Amateurs』に参加していた世界的なアメリカ人女性ヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンとのコラボレーション作品『Silfra』をドイツ・グラモフォンからリリース。アイスランドのヴァルゲイル・シグルズソンのグリーンハウス・スタジオにて、シグルズソンとハーン、ハウシュカの共同プロデュースというかたちで、完全即興でレコーディングされたこの作品によって、クラシック音楽のファンや論客の方にもハウシュカの名前は届くこととなった。

その後、ハウシュカは再度レーベルを移籍する。アメリカのテリトリーにおいてはTemporary Residenceと、ヨーロッパのテリトリーにおいてはCity Slangと契約を交わし、2014年に7thアルバム『Abandoned City』をリリースした。1曲のみゲスト・ミュージシャンを起用しコントラバス、バス・クラリネット、クラリネットが使用されているものの、アルバムのほとんどのサウンドをプリペアード・ピアノのみで作っている。プリペアード・ピアノ以外の楽器の使用がここまで最小限なのは2005年の『The Prepared Piano』以来だ。「廃墟」をテーマに、ほとんどの曲のタイトルが実在するゴーストタウンの名前からとられたというこの作品は、前作『Salon Des Amateurs』におけるリズミックなアプローチの流れをくんだものであり、彼が住むデュッセルドルフでかつて鳴らされたクラウトロックの要素やスティーヴ・ライヒの影響も感じさせる重厚でミニマルな孤高のサウンド。これまででもっともダークでありながら、エレガンスは欠かさない。ハウシュカがプリペアード・ピアノによっておこなってきた実験のひとつの結実だった。

そして、2017年、前作より3年ぶりとなる8thアルバム『What If』が届けられた。『Salon Des Amateurs』、『Abandoned City』からの流れを汲んだ本作において、ハウシュカが新たに導入したのが「自動ピアノ(ピアノラ、プレイヤー・ピアノとしても知られる)」。巻紙(ピアノロール)に記録された楽譜を読み取って空気の力で自動演奏するピアノとして19世紀前後に発展した楽器だ。現代においてはプログラミングされたMIDIデータによって、コンピューター制御による自動演奏が行われる。自動ピアノ導入の役割は、決して演奏に疲れることがないからこそ、人間の手には不可能なスピードによる正確無比な演奏である。エレクトロニック・ミュージック的なフィジカルを手に入れるために試行錯誤しながらもあくまでも生楽器にこだわるのがハウシュカらしい。

本作では、数曲でアナログシンセ(Roland Jupiter 4)と自動ピアノ(YAMAHA S6 Disklavier)を使用してはいるがアルバムのほとんどがプリペアード・ピアノのみで作られている(1曲のみストリングスも使用)。つまり、エレクトロニック・ビートやドラムに聞こえるサウンドもすべてプリペアード・ピアノによって作られているのだ。

「いまや楽器としてピアノをとらえる考え方からわたしのスタイルは姿を消しつつあり、ピアノをむしろサウンドボックスとしてとらえている。あらゆる種類のサウンドを作るために使うものとして」

「ピアノのオリジナルの音が嫌いなわけじゃないけど、自分が興味深いとおもう音楽でどこまで遠くいけるかどうか挑戦している」

これらはかつてのインタヴューでの発言の抜粋だが、ハウシュカにとってプリペアード・ピアノの可能性の探求はまるで旅のようであり、決して限界がみえない。すでに10年以上のプリパレーションの経験と知識がハウシュカのなかにはストックされていて、どうセットアップすればそのプリパレーションがよく機能するかどうかもわかっている。しかし、限りない自己開発意欲ゆえにハウシュカは同じことを繰り返さない。あてがわれる別々のピアノ、それに合わせたプリパレーション、そして日ごと変わる即興演奏によって、ハウシュカのライヴが同じものであることは決してない。同様に新しいアルバムを作るごとに新たなスタイルを発見する。それがハウシュカの創作メソッドだ。

もともと彼はエレクトロニック・ミュージックやヒップホップ、R&Bにインスパイアされてきたという。ダンサブルなエレクトロニック・ミュージックが持つフィジカル性とリズムをプリペアード・ピアノで手に入れようとして行ってきた近年のライヴ活動に基づいた音楽を作りたかったという意図の末に生まれた『What If』。30から40ほどのピアノ・スケッチから最良のテイクをカットしたりエディットし、そこからさらにオーヴァーダビングを行う。曲によっては自動ピアノを利用する。そうして完成した9曲。「What If=もし~だったら」という問いは各曲のタイトルにつながる。「もし、水を見つけられなかったら」「もし、右肩上がりの成長の時代が機能しなくなったら」「もし、自分の子供たちが火星で暮らすなら」…。それらの疑問に自らを置いて、さまざまな考察を引き起こすことをコンセプトにした、ハウシュカ自身いわく、これまででもっともポリティカルな作品。

先行シングルとして公開された「Constant Growth Fails」は上記のコンセプトをもっとも表出させた楽曲だといえるだろう。この曲で使われている自動ピアノのもうひとつの利点は、自動演奏中にハウシュカが両手を自由に使えるという点でもある。アルバムのリリースに先立ってYouTubeに公開されたこの曲のメイキング映像(https://youtu.be/gbSb-EdSUL8) をご覧いただけたらわかる通り、プログラミングされた自動ピアノの演奏に合わせて同時にピアノの弦にプリパレーションを施している。プリパレーションによってエレクトロニック風サウンドをビルドアップするためのマニピュレーションだ。

「まだやりおえてもいないのに、どうしてプリペアード・ピアノからスタイルを変える必要がある?」

『What If』は彼が積み重ねてきたものを総合させた頂点ともいえるが、ピアノミュージックの極点を目指すハウシュカの旅はまだまだつづいていくだろう。

2017年、本作『What If』がリリースされるのを待つまでに、ハウシュカはこれまでのキャリアのなかでおそらく最も注目を集めた数ヶ月間を送った。盟友ダスティン・オハロランとスコアを共作した、ガース・デイヴィス監督によるオーストラリア映画『LION』(邦題『LION / ライオン~25年目のただいま~』)がアカデミー賞の作曲賞にノミネートされたのだ(他にもゴールデングローブ賞と英国アカデミー賞の作曲賞にもノミネート)。惜しくも受賞は逃しはしたもののこの一連の出来事(本人は「オスカー・ハイプ」と表したが)によりいよいよその名は世界に轟くこととなった。先日、ハウシュカのパートナー、ダスティン・オハロランとオスカーのことを話す機会があったが、「勝たないほうがいいときもある」という返答。それはオハロランの言葉ではあったが、同時にハウシュカの実感でもあると言えるだろう。理知的なハウシュカのことなので、めまぐるしく変わる現状に惑わされることは決してないだろう。その先には輝かしい未来がきっと待っている。

大崎晋作(p*dis)

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【ハウシュカ出演!】

THE PIANO ERA 2017
ザ・ピアノエラ 2017

11月25日(sat), 26日(sun)

東京・めぐろパーシモンホール 大ホール

11月25日 (sat) [17:15 open / 18:00 start]
ボボ・ステンソン・トリオ
Bobo Stenson (pf)/Anders Jormin (B)/Jon Fält (Dr) (from Sweden)マリオ・ラジーニャ
Mário Laginha (from Portugal)
ディエゴ・スキッシ with 北村聡
Diego Schissi with Satoshi Kitamura (from Argentina, Japan)

11月26日 (sun) [15:45 open / 16:30 start]
ハウシュカ
Hauschka (from Germany)
スワヴェク・ヤスクウケ
Sławek Jaskułke (from Poland)
高木正勝
Takagi Masakatsu (from Japan)

http://thepianoera.com/

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