つるつる飲めちゃう異界の話 「その怪異はまだ読まれていません」レビュー(ネタバレなし)
「その怪異はまだ読まれていません」は、まくるめ氏による怪談本です。
ネタバレを食らうと魅力を失う、というたぐいの本ではないし、このレビューではネタバレ的なものは一切書かずにレビューするのですが、全く情報を得ないで読んだときの体験は貴重なものになると思うので、できればこのnoteも読まずに下のリンクから買ってほしい。
夢の中で明らかな異常が起こっていたのに、夢を見ている最中はすっかりその異様さに気が付かなかった、という体験をしたことはないでしょうか。まくるめ氏、およびこの物語の特異性の一つは、その描写の飲み込みやすさにあります。
まえがきの言葉を借りれば、「水族館で分厚いアクリルを通して深海魚を眺めるよう」なかたちで、今まで決して交わらなかった世界線の生き物たちをありありと眺めることができます。少なくとも、われわれと同じ地平線の上にいることについては、疑いを持つことがないでしょう。”深海魚”たちが生活をしていく姿が、主人公である「わたし」を通じて、それぞれ形になっていき、経験したことがないはずの事柄が、異様になめらかなディティールをもって立ち上ってくる。いつのまにか、情景描写がするりと肚に収まっていきます。
怪談本としてのおどろおどろしさを期待して読むと、もしかしたら最初は少し拍子抜けするかもしれません。安全のために手厚い配慮がなされているし、本の中へちくちくと縫われていく文字たちの輪郭が、読み手の脳内を通じてつながりを持ち始めるのに少し時間がかかるからです。
個人的には、#3 皮膚の下のかみおとこ までは一気に読むことをおすすめします。主要なキャラクターである逆杜、裏部、反後のエピソードを聞くことができます。
この本は紙の書籍と電子書籍で発売されていますが、どちらか一つを買うのであれば、紙の書籍の方がおすすめです。全体を見たあとにパラパラとめくって文章を見返してみると、そっと置かれていた沢山のつながりを発見するでしょうし、なんらかの理由でこの本をひとに貸したくなったときや、余白に書き込みをしたくなったときは、物理実体があることに感謝するでしょう。
ぜひとも一人でも多くの人によんでもらえることを祈っています。わたしもよんだんだからさ。
人間の資本が増えます。よろしくお願いします。