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かたはね Ⅵ

やがて物語は閉てゆく不安のように


闇の中には静寂で、そこには物語があった。

私はすぐにそれを探したいと思った。

あの日蝶を埋めたことが未だ胸に焼き付いている。

夕闇が迫って私も私の影も夜という影に覆われて闇になる。このことは光でもある。焼きつく想いもまた影となって光をまとう

そうだ そうなのだ。あの日埋めたのは、実は自分だったのではないかと思った。どうしても蝶が死んだということを、もう一度確認しないと信じられない。きっと、もう片翅のままどこかへ飛んで消えてしまったにちがいない。そう考えていく思考の渦を手元のコーヒーに渦巻くミルクに重ねて自分の血液も渦を巻いた気がした。

蝶は人の魂を乗せる。あいつにはきっと魂が重すぎたんだ。だから翅が潰れてしまった。いや、重い魂は自分自身だったのかもしれない。

そう考えたところでもう何日も何日も経っている気がしたが実は1日も経っていないことにも気づくべきだった。行動記録しかしていないことに対して複雑な考察が手元の日記帳には書き込んである。いつ誰がと思ったが自分は自分しかいないのだが、363ページにもわたって書き足されているために途方もない気持ちでそれを眺めた。

コーヒーカップの中には、夜があった。

そこに飲み込まれていく明日と明後日とそのまた気の遠くなるような今日を閉じ込めて飲み干したいと思った。

何しろ納得がいかないならもう一度確かめてみるしかないという気持ちになり私は今いる喫茶店を出て蝶を埋めたであろう公園に戻り、やはりそこで疑似体験をするより他ないと思案し、一息つくためコーヒーを眺めようともう一杯注文することにした。

「ブレンドを」とコーヒーを頼むと「かしこまりました」とサイフォンコーヒーの音が鳴る。コツコプコプ。。とフラスコから淹れたてのコーヒーが注がれスーと差し出された。マスターは見えない。

いただこう。そうした時にふと土の匂いと雨の匂いを感じ取った。「雨だ」マスターは見えない。

先ほど埋めた蝶の上に雨が降るとは死水も過ぎると思った。とても不安な気持ちになっていくのをまたコーヒーにミルクを入れ軽くかき混ぜた時に生じる規律正しい渦を眺めさらに砂糖を入れて一口苦味を味わった。

苦味。それが今の気持ちにはしっくりきた。世界は苦味で満ちている気がした。私にとって置いてけぼりの気持ちも焦燥感も全て苦いものであった。

外は雨の匂いが辺りに充満しており湿度で満たされていた。細い緩やかなシャワーのような雨だった。雨の匂いは好きだった。傘を持ち店を後にする。毎日通う喫茶店も雨のせいで余計古びた感じと懐かしさを思いおこさせる。公園まで歩くのにそんなに時間はかからないが、少し遠回りをして気持ちを柔らかくしておこうと思った。

古本屋の並ぶ路地に入り、咲き疲れた紫陽花を見ながらドクダミの花のしげ小道に出ると少し晴れ間が覗いてきたのをあたりの明るさで感じとった。

そうして目を足元から空へ移す過程である人物と出逢うのだった。



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