終わった後のはなし (1)
-ピピピピ
ピピピピ
まだ静まり返っている世界に
単純な機械音が鳴り響く。
大丈夫。これは6時。
いつも早めに1本アラームを多く設定してあるからもう一度これが聞こえるまでは…
寝返りをうって、もう一度布団に顔を埋めると
心は全てのやる気を無くしてしまった。
起きる?
意味がわからない。
もう、この温もりに全てを任せて眠り続けよう…
もう一度、眠りに吸い込まれそうな意識の奥で誰かの声がする。
「…………ん。」
「…………くん。」
ん?名前…?
「…のみやくん。」
呼ばれてる……?
ハッとして目を開ける。
「おはよう。篠宮くん。」
そこには見覚えのない女が居た。
真上から、僕を見下ろしている。
「……だ れ……?」
それは突然だった。
言われた名前を聞いて、僕は
またかよ、なんて思う。
「城野まいこだよ。久しぶり。」
*
1.光と影
「ねぇ、篠宮くんてば。信じてよー。」
起きがけに自分を覗き込んでいたその女を
かれこれ1時間くらい無視して、僕は出勤のために朝食を準備する。
彼女はこの1時間、ずっとこの調子で僕の後ろをくっついて来ては「信じてくれ」と言っている。
信じろって言われたって、誰がそんな作り話みたいなこと…。
-1時間前。
「城野まいこだよ。久しぶり。」
1人で暮らしている部屋の中で、目を覚ました瞬間誰かに見下ろされてる現象が起こるだなんて一体誰が想像するだろうか。
「…城野、さん?」
僕は寝ぼけ眼で、きっとこれはまだ二度寝の夢の途中だと考える。
夢ならちょうどいいと、その覗き込む顔に触れようとして、彼女の笑顔を僕の左手の指が通り抜けたところで、僕の眠気は完全に覚醒した。
目をしっかりと見開いてもう一度彼女を見る。どうしたの?といったような顔でさっきと変わらずまだこちらを見ていた。
夢では無い。
いるはずのないものがここに居る。
「ゆ、幽霊…?」
思わず放ったこの一言が納得いかなかったらしく、彼女は今までずっと繰り返しているのだった。
「私、まだ死んでないってば。信じてって。」
と。
「ねぇえぇぇぇ。」
彼女は僕を度々掴んでは揺さぶっているようだが、ぼくにはまるでその感覚がなかった。
だから、図らずもずっと無視し続けているような形になってしまって今に至る。
かき込んだ白米を飲み込んで、僕は1度大きく息を吸った。いくらありえないと言えども、このままでいるのもそろそろ限界だった。
僕はおよそ1時間ぶりに言葉を放つ。
「あのさ、城野さん。信じるにも無理があるって、そんな話。」
なんで、自称まだ生きてる人間が、実態と別離して別の場所に存在してるんだよ。その説明が「信じてくれ」より先じゃないのか?
「だから、気がついたらこの辺りにいたの。」
「なんで?」
「だから分からないって言ってるじゃん〜」
何回聞いてもずっとこの繰り返しになった。
「じゃあ聞くけど、実態はどこにあんの。」
「東京じゃない?住んでたから。」
「この辺で気がつく前は?昨日の夜、家で眠ったのが最後?」
そうだとしたら信じる前に僕の中に沸く怖さが勝ってしまう。
「私、事故にあってね。」
馬鹿かおまえぇぇ。
それ1番初めに言うことだろうが。
「多分もうすぐ死ぬんだろうなって思ったら、だったらこの辺にいるの丁度いいや!これが最後になるなら、篠宮くんに聞きたいこともあったしこのまま会いに行こう!って思ったの。」
情報が多い。
起きたばかりの頭には処理しきれない。
僕は早くも考えることを一旦諦めた。
「とりあえず、とりあえずだ。」
僕は触れられないが実像はある彼女に自分の目の前に座るように指をさす。
彼女は僕の表情を伺いながら恐る恐る僕の目の前に正座した。
もう一度、じっと見てみる。
あの時よりまた時間が経ったから雰囲気は少し変わっているけど、確かにそこに座っているのは僕の知る"城野まいこ"であった。
お世辞にも大人っぽいとは言えないけれど、でもそれなりに年齢に沿った格好をしているなと思った。
…違う。今はそんなことより先にハッキリさせないといけないことがある。
「仮に城野さんの話を全部信じたとして、状況的に時間が無いかもしれない可能性もあるからもう単刀直入に聞くよ。城野さんの目的はなに?」
彼女の答えを聞いて、僕は一瞬時が止まったような気がした。
追って、全身を寒気と血が上る様な感覚が混ざって駆け巡る。
まさか…
そんな心残りのようにあの日を彼女が覚えていたなんて…。
「星を見に行きたいの。一緒に。」
城野まいこは、そう言って笑った。
感覚が一気に過去へ向かって引き戻されていく。
あの忘れることの出来ない日々に…
*
-20年前
それは突然に始まった。
高校1年の夏が始まる頃だった。
「おはよう!篠宮くん!」
見知らぬ女子に突然声を掛けられたのが全ての始まりだった。
僕は情報を得るためまず彼女が履いている上履きの色を見る。
青…同学年か。
頭の中でいくつかの選択肢を並べてみる。
1.おまえ誰?
2.聞こえなかった事して通り過ぎる
3.人違いですよ。
本当に知り合いだけれど気づいてないパターンもゼロとは言えない以上、2や3であしらう事ははばかられた。
「どちら様でしょう?」
僕は仕方なく返答した。
僕にとってこの学校は、自分の希望した進学先ではなく、単に大人達のステータスの肥やしになるだけのものだった。
だから、僕は嫌いだった。
この学校も、この空間も、状況も自分の状態も、何も知らない周りの人間、みんなみんな。
だからなるべく人と関わりなんて持ちたくなかったし、話しかけても欲しくない。
誰の目にも映らないくらいひっそりと、最低限だけをこなして生き始めた矢先に、それは起こったのだ。
「私、城野まいこっていいます。1年E組です。篠宮くんと同じ中学だった、富岡静ちゃんと同じクラスなんですけど、」
あー。富岡のツレなのか。
僕は富岡 静の名前が出たあたりから、この"城野まいこ"という人の話を聞くのをやめた。
きっと最後まで聞いたとてろくなことはない。
富岡 静は地元が同じで小学校から同じだった同級生だ。そういえば高校の入学式の日に駅で会って
「高校も同じだね」と、言われた記憶が蘇ってくる。
自分のことをよく知っている人は、特に嫌いだ。わかったような事をすぐに言う。
富岡もその1人で、何かとまるで年上がお世話をしているような言動で僕に関わろうとしてくる本当に鬱陶しいやつだった。
自分の力じゃ歯が立たないから、ツレを仕向けてきたのか。
面倒くさい。
相手にした時間が無駄だった。
僕は何も言わず"城野まいこ"の横を通り過ぎようとする。
すると意外にも力強く、両手で腕を掴まれた。「ちょっと待って!ごめん、話長かったよね。」
どうやら話の途中を中略して、本題だけを話すことに切り替えたらしかったが、僕にはその本題を聞く気がさらさらなかったので、掴まれた腕を振りほどこうとした。
が、さらに強く掴まれる。
イラッとして声を上げそうになった僕より先に彼女が声を張って言ったその言葉が、
僕と、城野まいこの話の始まり。
「友達になりたいの!篠宮くんと。」
最悪。
僕がその時思ったのは、 猛烈な気だるさの中でただ、その言葉一つだけだった。
予鈴が鳴る。
また話に来るから、と言って彼女は僕の手に何かを握らせて立ち去った。
紙…。
小さく折られた、紙だった。
中は容易に予測できた。
今すぐにでもその場に丸めて放りたかった、が
「個人情報……。。」
僕のわりとちゃんとしている部分が、それをそのまま捨てる事を拒む。
せめて、せめて破ろう。丸めるよりは幾分安全だろう。
そんなことを思いながら教室に戻り、その紙の存在をうっかり忘れたまま、放課後を迎え、ふと気がつくと、ホームで電車を待つ僕の横に、城野まいこは立っていた。
「うわっ。」
思わず声が出る。
驚いた、というよりなんだか怖かった。
「ごめん。声もかけずにじっと見てて。」
彼女は何にも恐れず、何にも逆らわないような、"自然"という言葉で表しきれない程の自然さでそこに存在しているように見えた。
それがその時の僕には随分恐ろしかったのだ。
「何か用ですか?」
無視し続けるのも逆に面倒に感じて、僕は彼女に問いかける。
「渡した紙、見てくれた?」
あーーーー。破るの忘れてた。
ぼくは右のポケットの中でひっそりとその紙の存在を確かめた。
「メールとかあまり好きじゃない?」
全ての人間がまるで自分と関わることを拒まない前提のようだなと僕は思う。
「断られるって思ってないんですか?」
思わず僕は、口に出してしまった。
「友達になるの、嫌ってこと?」
僕は食い気味に頷く。
「どうして?」
「理由はあなたに関係ない。」
ホームに滑り込んできた電車のドアが開き、
僕は彼女を突き放すつもりで乗り込んだ…のに
彼女はその後ろをついてくる。
「あの、ついてこないでもらえます?」
「仕方ないじゃん。私もこの電車だもん。」
よりにもよって、本当に最悪の事態だ。
これ、毎朝毎朝姿見かけたら詰められるのかな。考えて僕はげんなりしてしまう。
彼女は何か考えているのか、時々眉間に皺を寄せるようにして僕をちらちら見ながら黙っている。何分かそのまま電車に揺られていると突然、彼女は僕の前に回り込んで口を開いた。
「篠宮くんにとって、私の望みは迷惑そうだけど、でも理由がわからないのにわかった、って私も言いたくないんです。」
電車の中なのに、彼女があまりにも通る声でハッキリと僕にそう言うもんだから僕は慌てて彼女の手を取った。
周りの目が気になりすぎてその場にいられないので、たかだか田舎の4両ほどしかない、短い電車の中を進行方向と逆に向かって歩き、隣の車両へ手を引く。
だが、連結部のドアを開ける音で一斉に次の車両の人々の視線も集めてしまって、僕は咄嗟にそのドアをそのまま閉め、狭い連結部の激しく金属が擦れる音のする中で、彼女に問う。
「どこで降りるの?」
「4つ先。宮の海。」
「ちょっと次で一緒に降りて。」
丁度、次の駅へ差し掛かり電車が減速に入る。
停車し、ドアが開いたのを見計らって、僕は足早に彼女を連れたまま電車を降りた。
できるだけ人に見られないように、彼女の手を引いたまま駅舎へと繋がる階段を駆け下りる。
「ねぇ、駅員さんは?定期…」
途中彼女がまたその通る声で言うので、僕は投げやりに「ここ無人駅!」と返す。
駅舎も走り抜けて、駐輪場を通り抜けて、駅から真っ直ぐ短い道を走り、一応国道とされるこの辺りの大動脈を突き抜けた先、ただ何も無いがらんどうの浜辺、砂の上で、僕はようやく足を止めた。
あんなにも全力で走ったのは久しぶりだ。
体育の授業でだって、あそこまで本気は出さない。
僕の後ろで彼女もただ何も言わずはぁはぁと、肩を上下し息を大きくしていた。
僕は無理やり息を整え、まだ苦しそうにしている彼女にズンズンと詰め寄った。
「あのさ!あんな電車の中で大きい声で話しかけるのやめてもらえるかな!!」
彼女は反論してくると思っていた。
何故だろう。そう、決めつけていた。
「ごめんなさい…。」
俯いたまま、彼女は小さくそう言った。
……気まずい。
僕が迷惑被ったのに、これじゃ僕が悪いことしてるみたいになる。
「私、声が通るの。だから、大きな声出したつもりないんだけど、思ったより周りに聞こえてしまって…。」
「自分で欠点わかってるんなら、もっと意識して行動した方がいいと思います。後でそんな風に言われても言い訳…」
にしかならないと、僕は言葉が続かなかった。
俯いた彼女の顔から、ぽとり、ぽとりと、雫が落ち始めたからだった。
「みんなからしたら、欠点だよね。そうだよね。ごめんね…」
この時、僕はまだその言葉の意味がよく分からなかった。
僕が何も言えないままでいる間に、彼女は砂浜を遠く先まで歩いていってしまった。
走って追う体力は、運動系じゃない僕には残っていない。
まぁ、そもそも関わりたくなかった人だし、そのままにしておいていいか。
突然泣かされたやつに、また平然と話しかけてくるようなことも無いだろう。
僕は走ってきた道を今度はゆっくりと、しかし、何故かとぼとぼと歩いて戻る。
僕はこの駅が最寄りで、駅と自宅もさほど離れていなかった。
国道沿いの自宅へ向けて、まるで人や自転車などが通ることは想定されていないのかというほど歩道の幅がない道を、白線の上を辿るようにして進む。
自宅へ辿り着いて、門の取っ手に手をかけた時、横のガレージの影から僕を呼ぶ声がした。
「おかえり。」
そこに立っていたのは、富岡だった。
「なんか用?」
今までの全ての不機嫌を引きずったまま僕は言う。
「今日、知らない女子に、声、掛けられた?」
富岡の質問に僕はイライラの度合いを1段引きあげる。
なんだ?その聞き方。おまえが向けた差し金だろうが。
「だったら何だよ。」
富岡はしばらく黙った後、小さな声で言う。
「友達に…なったの?…城野さんと。」
僕の頭の中でどっち向きにもその言葉は繋がらなかった。
「は?何言ってんの?」
「友達になりたいって、言われなかった?」
「言われたよ!おまえの差し金だろ?迷惑だからやめてくれ。」
噛み付いてくると思った富岡は返事をしない。
それどころか妙にさっきからしおらしくしている。
「差し金ってなに?私何もしてないよ?」
あれ?話が噛み合わない。
「どういうこと?じゃあ、あれはなに?」
富岡は事の顛末を話した。
突然声をかけられて、「篠宮くんと同じ中学だったんだよね?篠宮くんってどんな人?」と聞かれたと言う。
あまり自分の口から言うのも僕が嫌がるだろうと思って富岡が情報を出し渋ると、直接会ってくると教室を飛び出していき、あの、唐突な"友達になりたい宣言"となったようだった。
「あの人、おまえの友達じゃないの?」
「友達…というか、同じクラスではあるけど、別に元々知ってたわけじゃないかな。」
「いかにもおまえのツレみたいな言い方してたけど。」
富岡はなんとも言えない苦い顔で無理やり少し笑って、「すごいよね。」と言った。
富岡が何を指してすごいと言ったのか明確に分からなかったが、すごいという言葉で表現出来るものは彼女には間違いなくあった。
「で、友達になったの?」
富岡はなぜかとても不安そうに僕に尋ねてくる。
「なんでそれ聞くの?」
なぜそこが2度聞くほど気になっているのか分からず、僕は純粋に疑問を投げたのだが、富岡はそれを受け取る前に地に落としたらしい。
「なんでって……」
「それ、おまえが聞いてどうすんの?」
富岡はその言葉を聞いてハッとしたような顔をした。
「そだよね。ごめん…」
そして、そのままとぼとぼとうちの敷地から歩き去っていく。
なんなんだ、今日は。
僕は何一つ悪くないのに、みんな僕を悪者みたいにして去っていくじゃないか。
僕は機嫌の悪さを思い切り玄関のドアに乗せて、叩くように思い切り閉めた。
家の奥で母が何か金切り声で言っているが僕は耳を貸さず、そのまま2階の自室へ向かった。
何度着たって気に入らない制服を脱いで床に叩きつける。
勢い余って裏返った制服のズボンを叩きつけた時、その布生地の隙間から小さい紙が舞出たことに気づく。
あぁ…破らなきゃ。
城野まいこに渡された、おそらくメールアドレスの書かれた紙。
破るために拾い上げ、破りやすいように広げると、そこには意外にも上品な文字で
よかったらメールください。という文字とクラスと名前とメールアドレス。
何となく裏返して見ると、篠宮くんへと小さく書いてあった。
彼女はどうして、名前くらいしか知らない僕と
友達になりたいと思ったのだろうか。
ふと、彼女に理由を聞かせろと電車の中で言われたことを思い出す。
彼女自体に興味はないが、その理由が少し気になった。
というか、そもそも
友達になってください。はい、いいですよ。が成立したとして、なんだって言うんだろう。
その申し込みになんの意味があるのだろう。
僕は考えれば考える程、それが気になってきてしまっていた。
しかしあっ、と思い立つ。
あんな別れ方したら、それも聞くことが出来ないじゃないか。
だったらいいか、と
その時はまだそう思っていた。
時刻は23時を回ろうとしている。
僕は頭を抱えていた。
あぁぁぁぁぁ、ほんっとに最悪だ。
理由を解明したい欲に僕は囚われてしまっていた。
それを実現するには僕がやるべきこと、やれることはただ1つ。
城野まいこは、まさかここまで読んでいたのではなかろうな。
納得いかない。非常に納得がいかない。
この欲のために
あそこまでして拒んだ
彼女にメールをするということを
僕が実行させなければならないこの状況に。
この屈服せざるを得ない気持ちをどう例えよう。名のある武将達も、こんな気持ちを味わいながらあの時代を生きたのだろうかと考えるとなんだか気の毒になってくる。
僕はその辺に放っておいたままの紙を拾い上げて、もう一度彼女の字を眺めながら
ありそうな"理由"の候補を考えようとするけれど、いろんなものがかき混ざってそれすら出てこなかった。
僕はもう観念することにした。
仕方がない。
上手くしてやられたと、割り切ろう。
篠宮昭人が親指で意を決した時、
城野まいこは既に眠りに吸い込まれていた。
枕元でコードに繋がれたまま、それは鳴り始める。
クラスの人や家族、といった
グループによって分けられている着信メロディーのどれにも当てはまらない曲が流れると、
まいこはもそもそと動き、手探りで携帯電話を手のひらに手繰った。
そっと画面を開く。
名前を登録されてない、アルファベットの羅列で受信ボックスの1番上に光るメールを開くと、そこには短い文章でこうあった。
城野さんへ
今日は言いすぎてしまってごめん。 篠宮
まいこは思わず携帯ごと胸に抱きしめる。
「篠宮くん…」
もう絶対に相手にしてもらえないと思っていた篠宮からのまさかの連絡だった。
文章からどうしたらいいか戸惑っている様子が感じられる。
あんなに嫌がっていたのだからきっと、これを送るためにいろいろ考えてくれたのだろうと思うと、まいこにはその短い文章がさらに大切に思えた。
差出し人の欄に並ぶアルファベットをアドレスに登録する。
篠宮くん と名前を入れた後にまいこは三日月の絵文字を付ける。
彼女の中で篠宮昭人には何となく月のイメージがあった。
闇夜を薄く照らす光。満月のようには決して目立たないけれど、確かにそこに存在して輝きを放っている。
篠宮昭人という名前をもう一度眺めて、まいこは嬉しそうに笑うともう一度携帯電話ごとぎゅっと胸に抱いた。
初めて見た時に憧れを抱いた。
どこの女子よりも白い肌に、制服のセーターの紺がとても似合っていた。
色素の薄い、細く柔らかそうな髪が少しだけ癖づいていて、たまに風に揺れる。
その声を聞いてみたいと思った。
ずっと彼の隣にいた女の子がたまたま自分のクラスにいたから、話しかけてみた。
小学校からずっと一緒で、別に彼女では無いという。
きっといきなり自分の感じたままを伝えても
彼はそれを受け取ってはくれないだろう。
外見の雰囲気からそう感じとっていたけれど、
まさかここまでドンピシャだったとは。
まいこはすこし可笑しくなってきて笑った。
それでも、メールをくれたということは、
自分にも少し、可能性はあるかもしれない。
まいこは返信のために白紙の画面を開く。
少しも悩むことなく文章を打ち込むと、
そのまま送信のボタンを押した。
明日また、見かけたら声をかけよう。
そう思いながら再び眠りにつく。
僕が眠ってしまってから
彼女からの返事は届いた。
これから、僕がこの暴走気味の太陽みたいな人に振り回される日々が始まることも知らないで
そのメールは朝になるまでチカチカと
緑色のランプを点滅させていた。
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