Mutually

(※こちらは夢創作小説です。
原作に登場しない架空のキャラクターが登場します。
時系列は原作に対して正確でない場合があります。)


-彼女に初めて出会ったのは
アークエンジェルの食堂だった。

「なぁ、ノイマン。おまえ最近、巷でなんて呼ばれてるか知ってるか?」
同僚のチャンドラが左肘でつつきながら言う。
「そういうのは周りが言うだけで、俺には相応しくないよ。」
心の底からそう思っている。
死になくないから避ける。ただそれだけだ。
軍人のくせに銃も構えたことがない自分が
そのように持て囃されたのでは、ラミアス艦長やフラガ大佐、何よりヤマト准尉達に申し訳がない。
「またまた。おまえは本当に堅物なんだから。」
チャンドラが投げてくる様々な"例え"を右から左に聞き流していると、自分たちの横を通った少女たちの後に、何か落ちていることに気が付く。
立ち上がって拾い上げると、顔写真付きの入艦許可証だった。

(アリサ・バーデン 二等兵…)
そこには胸あたりまでの髪を二つに結って
緊張した面持ちで写った顔写真が貼られていた。
少女たちは今から食事を取るようで、
5人ほどでまとまって座れる場所を探している。

「君たち、」
歩み寄り後ろから声をかけると
少女たちは瞬時にお喋りを止め、その場でピタリと静止する。
「誰か入艦許可証を落としたぞ。」
2歩程近づいた所で、胸元のポケットを一撫し、ハッと顔を歪めた奥の方にいた1人の少女が、周りの少女達を押しのけて自分の足元に駆け寄ってきた。

「たっ、大変申し訳ございません!!!!!」
落とした入艦許可証の主、アリサ・バーデンは、写真より少し伸び、同じように低く二つに結った髪を振り乱しながら深く頭を下げた。
「私は問題ないが…
これが無いとここでは様々な事に困る。以後気をつけなさい。」

拾った入艦許可証を胸元辺りへ差し出すと、
彼女は震える手でそれを受け取った。
二等兵でもあるし、見た目からしてもまだ10代も半ばの子供だろう。
(少し言い方がきつかっただろうか…)
つい今しがた、チャンドラが自分のことを堅物だとかなんとか言っていたような気もするな、と思いながら、自分なりに優しそうな感じで笑ってみせた。
何となく身の回りの温度が上がった気がしたが、それは自分自身が柄にもないことをして恥ずかしくなってしまっただけだろうと思っていたが、何となく目の前の彼女の肌がさっきより赤みを帯びている気もした。

彼女は再び髪を振り乱して頭を下げ、
小走りに輪の中へ戻っていく。

「おや、柄にもないことするじゃないか。」
後ろでチャンドラの声がする。一部始終をずっと見ていたのだろう。また左肘でつつき始める。
元いた席を振り返ると、既に綺麗に片付いていた。
「すまない。やらせてしまったな。」
ならばブリッジへ戻ろうと食堂を後にした直後。チャンドラがトントンと背中を叩いた。
「悪い!食堂に忘れ物をしたから先に戻っててくれ。」



チャンドラは来た道を引き返し、ノイマンの姿が角に消えたのを確認してから、食堂の入口にひっそり立って中の会話に耳を澄ます。

「ねぇ、さっきの人があの有名な!」
「スーパーナチュラル!!アーノルド・ノイマン大尉でしょ?」
「てかさ、アリサがいつも言ってる人ってあの人なんじゃないの?」
彼女たちは一旦静まり、うわっと一気に沸点に達したように盛りあがった。
「そうじゃん!!!!!アリサ!ちゃんと息してる?!」
ノイマンに手渡された入艦許可証をまだ胸の前に持ったまま、アリサ・バーデンは文字通り固まっていた。
「ヤバくない?遠くに見えた!ってだけでも結構レアなのにさ、直接話しかけてもらえるとか!」
「あんた、わざと落としたんじゃないでしょうね?!」
「ち、違うもんっ!ほんとに気づいてなくて…まさかあんなところから落ちるだなんて…。」
アリサはやっと口を開く。
「でも、カッコよかったぁぁぁ//////」
アリサの声は簡単に通路にまで漏れ聞こえる程の大きさだった。
食堂の入口で聞き耳を立てていたチャンドラがニヤリと笑う。
「ねぇ、もしかして、私の顔と名前見られちゃったかな?!今度お見かけした時、ご挨拶したら大尉、気づいて下さるかな?!」
チャンドラが聞いているとも知らず、アリサは高揚し、話し続けている。
「押すねー!アリサ。」
「だって、せっかくきっかけがあったんだもん。今日はすごく驚いて緊張しちゃったけど、お話出来るようになったら嬉しいじゃない!」
アリサは喜びのあまりその場でくるりと回って短いスカートをなびかせる。
「大尉、今日はアリサの夢の中に絶対出てくるだろうなぁ」
「えぇ?どんな、夢???」
「やだ、聞き方がハレンチー!!」

きゃいきゃいと騒ぐ少女たちの声を聞きながらチャンドラはやっぱりな、と思う。
「あの娘、ノイマンに気があるんだな。」
またニヤニヤと笑うと、チャンドラは小走りでノイマンの後を追いかけた。



チャンドラがやっとノイマンに追いついたのは、もうブリッジの中だった。
「何忘れたんだ?随分と遅かったな。」
ノイマンは操舵席に既に深く座っている。
「おまえが去った後でもおまえの話で彼女たち持ち切りだったぞ。」
そう言うと、ノイマンはいつものように眉間に皺を寄せ「だからよしてくれよ」と答えた。
「あんな若い子にもモテちゃって、いいじゃないか〜」
冗談半分で茶化すように言うと、ノイマンはその細い目でキッとチャンドラを睨み返す。
とりあえず、1度大人しくすることにした。
「おまえ、あの、落し物拾ってあげた子の名前、見たのか?」
ラミアス艦長はまだ見えないので、艦長席を挟んでチャンドラはノイマンに問いかけた。
「見たが、なにか?」
「あの子の顔は?」
「なんだチャンドラ。何が言いたい。」
これから艦を動かそうという時にノイマンをイライラさせてしまっては、自分の命にも関わる。
「今度見かけて挨拶したら、おまえに覚えててもらえているか、と気にしていたぞ。あの子。」
本当はアリサの言ったように身振り手振りで真似してノイマンに伝えたかったが、これ以上やると良くないと感覚でわかった。
「気づいたら、声かけてあげなよ。」
そう言ってチャンドラはヘッドセットを装着する。
「皆!揃ってる?」
ラミアス艦長もブリッジに入ってきて艦長席に着席する。
チャンドラは、見逃さなかった。
ノイマンの背中が、次、アリサに会った時どう対応しようかを多分考えているだろうことを。



「「あっ。」」

翌日、昼時を少しすぎた食堂にて
2人はまたすぐに再会することとなる。

「ノイマン大尉、チャンドラ中尉、お疲れ様ですっ」
アリサは昨日震えていた者とはまるで別人のように元気よく挨拶をして敬礼した。
「やぁ。お疲れ様。」
チャンドラは思う。
こいつ、昨日何考えながら眠りについたんだろうか?なんか無いのか?下手くそなやつでも今日はいい天気だねくらい言うもんだろう。
「大尉、」
アリサは座っているノイマンの顔を前のめりになって覗き込む。
「昨日は許可証拾ってくださってありがとうございました!改めまして、私はアリサ・バーデン二等兵であります。将来、ミリィ先輩のようなCICオペレーターになりたくて志願しました!よろしくお願いしますっ!」
アリサは昨日のようにまた長めの髪を振り乱し深く頭を下げると、屈託のない笑顔で敬礼をした。
「あぁっ…」
思わずチャンドラの口から声が漏れる。
さすがのノイマンも、これにはちょっとぐらいたじろ…………いでいなかった。
「ミリィ先輩…?」
「はい!以前アークエンジェルに居た、ミリアリア・ハウ三尉です!私の憧れなんですっ!」
ノイマンはミリアリアを思い浮かべて、あぁ、なんだかわかる気がするなぁと思った。
あの子も軍事訓練を受けたことの無いまっさらな民間人のクセしてやけに冷静でしっかりした子供だったなと。
ミリアリアがいたおかげで、アークエンジェルのブリッジはいつも陽の光がさしているようだった。
「ミリィ先輩も憧れなんですが…」
アリサはちょっと明後日の方を向いてみて、
何にも動じない顔で‪スンと座っているノイマンをちらりと見る。
「私、ノイマン大尉と一緒にお仕事がしたくてアークエンジェルを選んだんです。私、大尉のことが大好きなんです!!!」

ゲファ!!
チャンドラは飲んでいた食後のコーヒを盛大に吹き出した。
ノイマンは目を見開いたまま、じっとアリサを見ている。
何を言われたのか頭が追いついていないようだ。

「なので、これから大尉をお見かけしたら手を振ってもいいですか?」
「え…?あ、あぁ。」
軍人として真面目な人柄である故、そこはきちんと叱ってみせるのかと思いきや、ノイマンは思わず反射的な返事をするだけだった。
「やったぁ!」
アリサはまるでこの世の全てが自分のものになったかのような幸せそうな顔で、喜びを噛み締めている。

「ア、アリサ、さん?」
ちょっと汚れた制服を気にしつつ、ズレたメガネを直しながらチャンドラは素朴な疑問を投げかけてみる。
「ミリアリアさんと、お知り合いかい?」
アリサは喜びのあまりどこかへ飛んでいってしまっていた意識をヒュッと引き寄せて来て、目をぱちくりさせた。
「はい。ミリィ先輩は、私の姉の同級生です!」
「お姉さんが同級生…キラ達は今年18になるから…、君、いまいくつ?」
「1つ下の17歳です!」

(じゅ、じゅうなな…!!)

恐らく、チャンドラとノイマンの心の声はユニゾンしただろう。
「さっき、こいつのこと好きだって言ってたけど…こいつ、歳いくつか知ってる?」
チャンドラの問に、アリサは不思議そうに首を傾げた。
「何歳でも良くないですか?」
「えっ、」
予想外の返答に、思わずチャンドラが声を漏らす。
「私、大尉が今、18歳でも25歳でも30歳でも好きですよ?」
チャンドラが呆気に取られている横で、
ノイマンは周りがざわついていることにやっと気づいた。

(なんだ?ガキ共のお遊戯か?)
(おいバカ!見ろよ、言われた相手、ノイマン大尉だぞ!)
(あの制服だと二等兵か三等兵だよな…)
(身の程知らずもいいとこだな)

どこからかヒソヒソと会話が聞こえる。

「あれ?聞こえませんでした?私大尉がいくつであったとしてもだい…」
「ア、アリサ・バーデン二等兵!」
顔を赤くしたノイマンがアリサの声を遮る。
くりっとした大きな瞳で、アリサは首を傾げながらノイマンを見た。
「……声が…大きいから…もう少し、控えなさい……。」
唖然としたところからまだ戻ってこれてないチャンドラだったが、それを聞いてまたひとつ溜息を着く。
(あーあ。だめだこりゃ。)
とにかく、まだこの話をするのなら状況から見て場所を変えざるを得ないと思っていた所に、入口からドスの効いた声が飛んできた。

「アリサの嬢ちゃん!」
アリサはふわりと髪をなびかせて声の方を振り向く。
「あっ、おじさま!!」
続いてノイマンとチャンドラも声の方を振り返る。
声の主は、長年この船の整備士のボスとして
名を馳せているコジロー・マードックだった。

マードックは「だから、おじさまっていうのやめてくれよ」と頭をかきながら、しかし満更でもなさそうな顔でこちらへ近づいてくる。
「だってミリィ先輩が、曹長のことはおじさまって呼ぶのよって教えてくれたから…」
アリサはそれを信じているようだ。
(きっと、エルスマンとのことをつつき過ぎて、嫌がらせをくらっているのだな)
と、ノイマンもチャンドラも思った。

よかった。興味本位でミリアリアを茶化すようなことをしなくて。

「曹長、私に御用ですか?あっ、もしかして、また作業着に穴を開けたって話じゃありませんよね?!」
「まさか!綺麗に縫って直してもらったから大事に着ているさ。」
マードックはノイマンとチャンドラをやっと視界に入れ、お前ら居たのかと言わんばかりの顔をした。
「ミレニアムから整備班が来てる。嬢ちゃん、あのしつこい坊主から逃げてんだろ?」
それを聞いてアリサはキョロキョロと当たりを見回し、げっ。という顔をした。
「ヴィーノ…。アグネスさんはもういいの?って感じ。」
どうやらアリサは気のない男に追い回されているらしい。

「おじさま、ありがとう!見つからないように上手く持ち場へ帰らなくっちゃ。」
アリサはノイマンとチャンドラにも別れを告げようと2人に向き直る。

「持ち場はどこなんだ?」
真っ直ぐな視線で、ノイマンはアリサを見ていた。
「どうした?持ち場はどこかと聞いている。」
アリサはまるで昨日のデジャブのように
緊張した面持ちで固まっていた。
「なんだ?ノイマン。幼気な女子を送って差し上げようってか?」
「はい。そのつもりですが。」
弄ってやる気満々のマードックのにやけた顔に、真剣な面持ちのままノイマンは答えた。
「えぇぇぇっ!!!?」
と声を上げてみて、なんだかアーサーのような事をしたなとチャンドラは思う。
「持ち場はどこなんだ?」
立ち上がったノイマンの高くなった目に合わせて、アリサは上目になる。
「お昼からは医療班のお手伝いを…」
ノイマンは静かに頷き、そっと上着を脱ぐ。
「チャンドラ、すまないが後を頼む。」
そっとアリサの腕を取るとその上着を頭からすっぽりと掛け、ノイマンはアリサの背中に手を添えた。
「さぁ、急がないと遅れるぞ。」
上着の中で、何が起きているか把握しきれていないアリサの表情が七を通り越して変化している。

唖然とするチャンドラとマードックを残して、ノイマンはアリサを連れ颯爽と食堂を後にした。

「なんだ、嬢ちゃんはノイマンの…いや、若すぎるな。。」
チャンドラの頭が瞬間的に閃いた。
「いや、それがですね曹長…、実はついさっきまでアイツ、言い寄られてまして。」
「あん?!ノイマンが?嬢ちゃんにか?!」
「曹長、あの二人くっつけるのに、手を貸して貰えません?」
チャンドラのニヤけがマードックにも伝播する。
2人は無言で固い握手を交わした。



「なんだか…捕虜みたいですね、私。」
頭に被せられたノイマンの上着の中で、アリサが言う。
確かに。
アリサを探している整備班の男と出くわしてもバレないようにと思い、咄嗟に頭から上着を掛けたが、客観的に見れば護送中の捕虜のようだった。
「…すまない。そこまで考えが至らなかった。」
慌ててノイマンは上着を取ろうとしたが、アリサは何故か嬉しそうに被せられた上着を両手で掴む。
「いいえ。このままで大丈夫です。…というか、このままがいいです。」
それを聞いたノイマンは少し首を傾げた。
その後で、片手で背中を押すと本当に捕虜の護送の様なので、アリサの両肩に上着の上から優しく手を添える。
「たっ、大尉?!何を?!」
「なんだ?後ろから銃を突きつけられて歩く方が良かったか?」
アリサには見えないだろうが、ノイマンは悪戯っぽく笑う。
「嫌です!このままでお願いしますっ!」
ノイマンの顔を見ようとして急に上を向いたアリサの頭からノイマンの上着がバサリと落ちた。
嫌です!の顔のままのアリサが目の前に現れて、ノイマンはその顔をまじまじと見る事となる。
(大尉の事が大好きなんです!!!)
さっきそう言われた声が脳内に再生されて、
ノイマンは自分の体温の上昇を隠しきれなくなった。
落ちた上着をサッと拾い上げて、またアリサの頭から今度は少し荒っぽく掛ける。
「大きな声を出すな。声で見つかるぞ。」
(17…歳か…。)
マリューや元居たナタルなどに、ジョーク混じりに触れるのとはまた違って、若干の背徳感のようなものをノイマンは両掌にじんわり感じながらまた、アリサの両肩に優しく触れて道を進んでいく。
もうまもなく、医療班の部屋だ。

「ノイマン大尉?」
医療班の部屋の手前で、医療班のクルーに声をかけられる。
クルーがじっと上着の中のアリサを見ているので、「捕虜ではないぞ。」と告げる。
「バーデン二等兵、着いたぞ。」
上着をはぐられて中から現れたアリサは、
少し寂しげな顔をしたが、たちまちシャッキリした表情に切り替わって、敬礼した。
「大尉、大変お手数をおかけ致しました。」
「いや、私がした事だ。問題ない。午後の業務もしっかり…」
言葉の途中で手を握られて、ノイマンは思わず口ごもる。
「また、お会いできたらお話しましょう。」
嬉しそうに笑ったアリサにノイマンは思わず見入ってしまう。
返事も出来ぬ内にアリサは短いスカートを翻してノイマンに背を向けた。

(次に会った時、何か…、彼女の事を)

「君の、」
ノイマンは思わず、向けられた背に声をかける。
「君のお姉さんも、この艦に搭乗しているのか?」
はい。と答えられたら、次会った時にその続きの話をしよう。
そんな考えが安直すぎたと、ノイマンが肩を落とすまであと3秒。

「私は、家族とは死別したんです。…オノゴロで。」

ノイマンはハッとした。
色恋で浮かれている10代の女子に、その内ここはどういうところかをちゃんと知ってもらわなければとついさっきまで思っていたのに、ほんの少しの間に自分が反転してしまっていたのかもしれないと知って、何も言えずただ、軍人として恥ずかしくなった。

「……すまない。」
「いいえ。いいんです、全然。
大尉が私に私のことを聞いてくれて、今とても嬉しいです。」
アリサは強がりもなく、本当に嬉しそうに笑っている。
「大尉、午後からも頑張ってくださいね!」
アリサは今度こそ、ノイマンに背を向けて医療班の輪の中に入っていった。
ノイマンの脳裏には先程の笑顔が焼き付いている。
「大好き…か。」
ノイマンは少しアリサの纏う香りの残った上着を気直して、ブリッジへと足を向けた。



「ユウ!今のじゃ判断が遅すぎる。前からMSやMAに割り込まれたら回避できずに被弾する。もっと集中しろ!」
ある日の午後、戦闘配備の指示もないブリッジでノイマンは副操舵士のユウ・キリシマに檄を飛ばしていた。
「チャンドラ中尉、」
艦長席を離れて、艦長のマリュー・ラミアスがチャンドラに声をかける。
「大尉、最近何かあったの?」
チャンドラは首を傾げた後、その首を振る。
「どうしちゃったんでしょうね。」
最近のノイマンの苛立った感じ…まさかと思うがアリサと何かあったのだろうか?と考えて、チャンドラはなんの予想もつかないなと思った。
(この前逃げていた少年とどこかで鉢合わせになって彼女を持ってかれちゃった…とか?だとしたら、おい、それは、ノイマンも彼女のことが…?!)
「中尉!!」
耳に近いところでマリューの強い声がして、チャンドラは我に返る。
「ここんとこ、働き詰めだったからなぁ。今のところ索敵班からも情報は入ってこないし、もう少し休む時間あげてもいいんじゃない?」
いつの間にかチャンドラの座る席の背もたれに手をかけて、ムウ・ラ・フラガ大佐が言った。
「なんだか、わたしが言っても「大丈夫」って撥ねられてしまいそうで…」
心配そうにマリューが言うと、自信ありげに胸を叩いてムウが歩き出す。
「じゃあ、俺が。」
ムウは一直線に操舵席に歩み寄り、ノイマンの力の入った両肩をぱんと叩いた。
「ノイマン、今のところ危険はすぐ側に無さそうだから、もう少し休んでこいよ。」
ノイマンは急な提案に戸惑っている。案の定「しかし…」とそれを撥ね除けようとした。
「お?上官命令を無視すんのか?」
ムウが意地悪そうな表情で顔を寄せてくる。
「命令…なんですか?」
「そ。命令。…マリューのね?」
ノイマンは少し離れたところに立つマリューの顔をちらりと見る。
なんだか心配そうな面持ちでこちらを見ていた。
「おまえさんのことはみーんな頼りにしてるけど、いざって時におまえさんのライフ削られてたら、この艦は助からないからさ。」
ムウはウインクをして見せた。
このアークエンジェルが、不沈艦として名高いことに、ノイマン自身も自分の操縦に少しは自信を持っていた。しかし、自分の事をスーパーナチュラルだとか言い出したのは、もしかしてこの人なんじゃないだろうか、なんて密かに思っている。
「…わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。」
ムウは満足そうに頷き、マリューはほっとしたように胸をなでおろしている。
チャンドラも親指を立ててニカッと笑ってきた。任せろ、という意味だろうか。
「お気遣い、痛み入ります。」
ノイマンはマリューに敬礼する。
ブリッジを出た瞬間に襟元を緩め、大きくため息をついた。


「お?ノイマンじゃないか。」
ブリッジから部屋へ戻らず、甲板へ出てみると、青空の下でタバコをふかしているマードックが居た。
「嬢ちゃんは無事に送れたか?」
意味もなくつつき回されるのだとおもったが、マードックは特に顔つきを変えるわけでもなく、ノイマンの顔の前にずいっとタバコの箱を突き出すと「たまには付き合え」と、箱を揺すって1本飛び出させた。
ノイマンは少し渋い顔をしつつもそれをつまみ取り、マードックが差し出した火に向ける。
吸えなくは無いが、好きでは無い。
ただ、今のこの燻った身体には丁度いい気がした。
「いつも以上に面が重そうじゃねぇか。」
イヒヒとマードックは笑う。
「俺はスーパーナチュラルだなんて呼ばれたくないんですよ。ヒーローになるために軍人になったわけではない。」
またいつもの謙遜だと思いきや、マードックにもノイマンがぶつかっている色のない壁が見えたような気がして茶化す言葉を飲む。
「言い方、なのかもしれねぇな。事実、ヒーローって言い方しなくたって、俺らにとっちゃおまえは命の恩人だぜ?おまえが操縦してなきゃ、もう死んでたって瞬間は何度もあったからな。」
風が2人の吐く煙を同じ方向へ流していく。
「そりゃあ俺だって、多少は自分の腕に自信もってやっていますよ。だけど…」
マードックはノイマンの言葉を遮って言う。
「おまえがこの艦を守る事で、ここに乗ってる奴らの未来が繋がるんだ。お前は知らないだろうが、これに乗ってりゃ死なないからって理由でこれに乗ってきた整備士もいる。…アリサの嬢ちゃんだって、そうさ。」
アリサの名前に、ノイマンはハッとする。
「あの子が…?」
「あの子はオノゴロで家族みんな殺られちまって天涯孤独。絶対に姉ちゃんの分まで自分は生きるんだって、アークエンジェル所属を強く希望してたって聞いたぜ。ミリアリアの嬢ちゃんは、生きて帰ってきたからってな。」
「でもその命を守るために、俺たちはどれだけの命を撃ってきたのか…」
ノイマンの静かな嘆きに、マードックは頭をかいた。
舞台の先頭をいつも見ている操舵士と
戦闘中に自分の顔を出さない整備士の視点の違いが顕になる。
ノイマンはまだ少し長いタバコをグッと押し消した。
そのままマードックに背を向けて甲板を立ち去ろうとする。
「ノイマン!」
呼ばれて、ノイマンは振り返らずに足を止めた。
「あの子が生きてる証になってやれよ。」
言葉の後に沈黙が落ちた。
「あの子は自分だけが生きている理由を探してる。おまえなら、その理由になってやれると俺は思ってるんだけどな。」
マードックの言いたいことは何となく理解できた。だけど、それが自分に適任だと言う部分には納得がいかなかった。
「失礼します。」
ノイマンはやはり振り向かずにその場を後にした。



甲板からノイマンが自室へ戻ると、部屋の前に人影があった。
「何か御用ですか?」
人影が声に気づいてこちらを振り向く。
「ア…リサ…、バーデン二等兵。」
アリサはノイマンに気がついてニッコリと笑った。
「大尉!お疲れ様です!」
「こんなところで、何をしている?」
「クリーニングが終わったので、皆さんの隊服をお届けしているところです。」
アリサの腕にはクリーニングされた隊服が数着分抱えられている。
「はいっ!大尉のはこちらですっ。」
手渡された隊服は先日アリサに被せたが故に残った香りとはかけ離れた、まるで病院のような香りがする。
「あぁ、ありがとう。」
受け取ると、アリサはすぐ隣のチャンドラの部屋の前で立ち止まり、抱えた袋を確認しながらルームポストへ入れていく。
重なる袋の隙間から抜き取ろうとして崩れかかったビニール袋を、ノイマンはアリサごと受け止めてやった。
「あと何人分届けるんだ?」
「あとフラガ大佐のだけなんですけど…」
大佐のだけにしては量が多い。
「大佐、服汚すの得意なんですかねぇ?」
アリサは小さく笑った。
たぶん、1度脱いだものをまた着ることのできない性分なのではないかな、とノイマンは思う。潔癖、まではいかなくても、細かいところを大佐は気にしそうだ。
「この後、またどこかへ戻るのか?」
「いいえ。今日は一応これで割り振られたお仕事は最後です。」
アリサはチャンドラのルームポストへ、せっかく綺麗に畳まれた隊服をグイグイと押し込みながら答える。
きっとチャンドラが、前回届けてもらった隊服をボックスから出していないがために、ボックスの容量が不足しているのだろう。
「この後すぐに夕飯を食べるのか?いつも一緒にいる子達と何か予定はあるのか?それとも…」
「大尉?」
呼ばれてノイマンはハッとする。
自分の肩辺りで、不思議そうに見上げるアリサがいた。
「どうしました?まるでこの後とっても私と過ごしたいみたいですけど。」
…図星過ぎた。
どうも、余裕が無くなると自分は冷静でいられなくなるらしい。
「…そうだな。よかったら、少し話さないか?」
アリサの顔がみるみる紅潮して、花が咲いたようにパッと笑顔が弾ける。
「ほんとうですかっ?!じゃあ早くこれ、大佐の部屋に突っ込んでこなきゃ!!!!」
アリサは袋を抱え直して走り出す。
「あ、ちょっと!」
せっかく綺麗に畳んであるんだから押し込んではダメだ、なんてそんな面白味のないことも言う暇なく、アリサを追ってノイマンも駆け出す。
「待ちなさい、アリサ!」
アリサは急に電池が切れたように立ち止まる。
軍人とはいえ、普段フィールドで肉体戦をする機会もないので、少し息を切らしながらノイマンは追いついた。
11の年の差は恐ろしい…。
「それは、俺が持っていくから。」
早く戻りたいがために手荒く突っ込んでは、後々アリサが大佐に怒られることになる所までノイマンには読めていた。
「君は、俺の部屋の前で仕事してるフリして待ってなさい。」
大佐の隊服をアリサの腕から奪って、代わりにさっき渡された自分の隊服をアリサの腕に戻した。
アリサはキョトンとした顔をしたが、やがて小さく頷いて、元来た道を小走りで戻っていく。

…さて。
そうは言ったものの、何を話すというのだろう。
ノイマンにはまるでさっきアリサを誘ったのは別の他人がやった事のように思えていた。
そもそも、一発目の質問があの子に言わせちゃならない事だった自分の出来なさをまだ捨てきれないでいるのに。
(とりあえず、普段何を思って行動してるのかを問い詰めてみるか。)
ノイマンはそう思いつく。
どこにいても、どんな時でも、自分の顔をチラリとでも見かけたら、高らかに、歌うように名を呼び手を振ってくる彼女が、何を考えながらあれをやっているのかを…


例えば……

「大尉ーっ!!!!」
ブリッジへの移動中に呼ばれて振り返ると、
両手いっぱいに荷物を抱えたまま、荷物の横からひょいと顔を出してわずかに動かせる右の掌で、小さく手を振っていたり…

前から歩いてくるのを見つけたのか、
嬉しそうに駆け寄ってくるのはいいのだが、
ものを落としながら来ていたり、時には自分自身が転んだり…

「なんだか、恋人というよりも親と子みたいだね、ノイマン。」
なんてチャンドラに茶化される始末だ。

挙句の果ては、先日、甲板にて
しばし着水、停泊してクルー大半が休憩していた午後のこと。

「ノイマン大尉ーっ!!!」
遠くの方からアリサの声がして、またどこから駆けて来ているのかと思えば、まさかの…
「上ですっ!うーーーえ!!」
整備班が目視点検も兼ねて登っていたバリアント砲の影から大きく手を振りながら、短いスカートをはためかせてアリサが立っている。
そんなところに上がって、落ちたらどうする、なんて思うより先に目に飛び込んで来たのは…
「お、おまえっ///」
下から見上げているので、スカートの中が丸見えだったのだ。
「やめんか!早く降りてこい!」
ノイマンは見るわけにもいかず、自分の赤面を隠すためにも見上げることが出来ず、顔を伏せてただ叫ぶしかできない。
「えー?なんですかー??風が強くてきこえなくってー!」
わざとやっているのか本当に気づいていないのか、アリサは1人で楽しそうだ。
そんな時に限って人も来てしまう。
「おーい!首尾はどうだー?」
よりにもよって普段チャンドラと、自分を茶化しに寄ってくるマードック曹長だ。
点検を確認に来たんだろう。
「はーい!異常ありませーん!」
アリサが跳ねた声で答える。
「嬢ちゃん!そんなとこ居たら飛ばされちまうぞ。」
上を見あげようとするマードックをノイマンは咄嗟に押さようとする。
「おいおい!何すんだノイマン!」
「曹長、今上を見たらいけませんっ!」
「あぁ?なんだって一体…」
いとも簡単にノイマンの腕から抜け出したマードックは、上を見上げてゲラゲラと笑いだした。
「なーにー?おじさまなんで笑ってるのー?」
アリサは少しもスカートを押さえようとしない。ただ、風に任せてはためかせている。
「嬢ちゃんのスカートの中が丸見えだから、大尉は恥ずかしくて上を向けないんだとよ!!!!」
無駄にでかいマードックの声が甲板中に行き渡って、聞きつけたクルーが遠くの方から寄ってくる。
アリサは「やだっ。」と小さく笑って、
きっと赤くなっているだろうノイマンを上から見ていた。
「大尉ー!今日、何色だったかちゃんと覚えましたぁ?」
「こら!!!やめんか!!」
「大丈夫!これ水着だからぁー!」
「水着でも下着でも関係ないから!!!!」


ノイマンは知っていた。
あの日から周りが、スーパーナチュラルも女の子の露出には弱いだなんて言われていることを。

思い出して、ノイマンはまた1つため息をつく。
フラガ大佐のルームポストへ隊服を滑り込ませて、自室へと道を折り返す。
どうせ大人しく待ってないとは思ったが、やはり少し歩くと自室より遥か手前でアリサに会った。
「サボってると思われるぞ。」
「大尉だって…というか、大尉なぜこんな時間にここにいるんです?交代の時間まだ随分先じゃないですか?」
「交代時間を知っているんだな。」
アリサの口から出る言葉はなんとなく予想出来ていたが、確信するためにノイマンはあえて聞く。
「チャンドラ中尉が教えてくれるので。」
…やっぱりか。

自室の前まで戻ると、ノイマンはドアを開けた。
アリサは立ち止まったままでいる。
「どうした?」
「え…?ここで、ですか?カフェテリアとかで、なく?」
言われて少し冷静になる。
いくら自分のことが好きだ好きだと言ってくれる相手だからといって、10以上年の離れた
少女と男。
警戒されて当然である。
「…すまない。また気が回らなかった。」
脱ごうとしていた上着を着直すノイマンの腕をアリサがそっと止める。
「いいえ、私はとっても嬉しいんですけど、お部屋に入れてくださるなんて、驚いちゃって。」
ほんとにいいんですか?と腕を取られたまま上目遣いに訊ねられて、ノイマンは伏し目がちにあぁ、と返事をする。
「話といってもだな、この前の甲板でのこととか、少しやりすぎだっていう説教かもしれないぞ。」
気恥ずかしくなって投げつけるように言うと
まだ腕を取ったままのアリサが小さく言う。
「私はてっきり、この前、私のもう居ない家族について聞いてしまったことを、大尉、優しいから気にしているのかと思っちゃいました。」
そんな顔でもしていたのだろうか?
彼女の指摘が的確すぎて、ノイマンも言葉に詰まってしまう。
「大尉、じゃあ今度は私から質問していいですか?」
アリサは触れているノイマンの腕を離し、ぎゅっと今度は手を握った。
「大尉は、どうして軍に志願したんです?」

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