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天上のアオ 7

時空間座標:■■■■■■ 計測不能
空間安定レベル:危険レッド破局ブラック
空間深度:スケールアウト

付記:「嵐の壁」が発生



カフェの廃墟を出た瞬間にそれは現れた。
黒い影のような人型の実体。
周囲の意識場のゆらぎから、瞬時にそれが敵対存在だと判断したわたしは、腰のホルスターに仕舞ってあったハンドガンを構える。

影と空間の境界はじわじわと揺れ動いて一定しない。
近づいてくる様子はないが、一瞬たりとも気は抜けない。

「あなたも構えて!」

彼に言い放つ。
視点は依然影に合わせたまま。気配で彼も銃を構えたことがわかった。

本当は使いたくなかった武器。この世界において殺傷武器とは、彼の内包する攻撃性、怒り、焦燥などの強力な負の感情の具現なのだ。それを取り出すこと自体が空間に、彼の精神に負荷をかける。

首から下げた計測器がアラート音をしきりに発している。有害実体とわたしたちの武器のせいで空間の安定性が急激に低下しているのだ。

「いい?このままゆっくり距離をとって…」

わたしが彼にそう言い終わる前に、発砲音が轟いた。

「え…?」

思わず照準から視線を外し、彼のほうを見てしまった。
その間にもう一発、発砲する彼。

あわてて影のほうを見る。
二発の対意識体結晶の弾丸を受けた影は、ぶよぶよと蠢きながら小さく縮み、今やスライム状になって床にへばり付いている。

彼の銃は震えていた。顔には緊張と不安と恐怖が張り付いている。

「よく知っている顔だった。今一番会いたい顔だった」

銃を下ろした彼がつぶやく。

「それって…」

「でももうだめなんだ。



全部壊してしまったんだ」


そう呟く声が聞こえた瞬間、彼の立つ地面から垂直に猛烈な風が吹き上がった。

風は渦巻き、逆巻き、瞬く間に荒れ狂う嵐になった。

「あっ…!」

わたしの体も吸い寄せられていく。

嵐はコンコースの上に建てられたビルをぶち破り、天高く登っていく。

(やばい…ほんとにまずい…これは!)


嵐の壁。

耐え難い苦痛、受け止められない衝撃、強く強く己の死を願う心。それらが壁となって彼の時系列を寸断させる。壁のあちらとこちらは違う世界。違う現実。違う時間。そうこの世界の外にいる彼は認識する。心の傷を幾度も負ってきた彼の『症状』。それが具現化したものが嵐の壁だ。

今この瞬間、彼が弾丸を放った瞬間、いやもしかしたら影と対面したときにはもう、彼の時間は寸断されてしまったのかもしれない。

(『ここ』じゃない…『外』でなにかあったんだ!)

「う…ぐ…」

吹きすさぶ暴風はついにわたしの体も飲み込んだ。うまく呼吸ができない。彼の姿を探す余力もない。

意識が徐々に削られていく。でも宙に打ち上げられたわたしにはもうどうすることもできない。ぐんぐん高度が上がっていく

(く…そ…)

わたしの意識はそこで途絶えた。




傷つけた記憶は刃となって、毎夜自分を切り裂いていく。
おかしな話じゃないか。本当につらいのは傷つけられた側だ。
なのにつらいつらいと、もう何度被害者ヅラをするつもりだ。

壊してしまったんだ。たとえそのつもりはなかったとしても、
結果として自分が災厄になってしまったんだ。

償えない罪などいくらでもある。
贖いの機会など与えられるわけもない。

だったら、もう。

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