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天上のアオ 15

はっと意識が戻る。
眠るってこういう感じなのか。
休止状態とも違う不思議な感覚。

椅子に座ったまま眠ってしまったせいか、少し体が痛い。

彼はまだ眠っている。
微動だにしないのが少し不安になったが、胸がちゃんと上下しているのを見てほっとした。ちゃんと生きてる。だけど相当に深い眠りの中にいるようだ。

明け方前のような、うすぼんやりとした光に満たされた部屋。
彼が起きたら一緒にプレゼントを選ぶんだ。
それはわたしにとっても楽しみなことだった。

この場所が精神のほぼ最上層だからか、外界の様子がなんとなく伝わってくる。

そうか、彼は選択したんだ。
生き延びる方を。

だけど不安を感じている。
自分の選択に自信が持てない不安。
自分の選択が正しいのかわからない不安
それと、言葉を交わし、ともに過ごす時間を一時的に失う不安。

わかるよ。わたしはあなたの一部だから。
大切なものに手が届かなくなるかもしれないって、怖いんだよね。
あなたと同じ状況なら、きっと誰だって不安になる。

わかるんだ。わかるんだけど、わたしにもどうしていいかわからないんだ。あなたというシステムの中にこの問題の解はまだ存在しないから。もしあったらここまでのことにはなっていない。

「ねえ、この夜は終わるかな」

眠る彼に向かって呟く。

「夜の向こうに答えはあるのかな」

虚無の世界で見た一点の星あかり。
あれが虚妄の類でないとしたら。

「わたしもこわいよ」

いけない。気丈に振る舞ってきた反動が来ている気がする。

「わたし、がんばったよね」

わからない。手は尽くした。それを頑張ったと言うかどうか、自分では判断ができない。

「これから、どうしたらいいのかな」

結局わたしだってわかっていない。これじゃあの男の言った通りだ。わたしの行動は根拠もないのに明日は今日より良くなるって言っているようなものだった。

だめだ。システムとしての彼が持つ自責感情がわたしにも降り掛かってきた。

「わたし…」

その先を言おうとして言葉を飲んだ。間違ってたのかな、なんてわたしが言うべきことじゃない。わたしはわたしの役割に従って、信念を持ってここまできた。彼が生き延びられるように導いてきた。それを間違いだなんて思ってはいけない。

「噛み合わないね、ほんとに」

規格の違う歯車が無理やり全体をつくっているようなものだ。油をさしてもはじめから噛み合っていないから、なんの意味もない。そんなことの繰り返しで、わたしたちはゆっくり、ゆっくり、世界に失望していった。そういうこともあるか、なんて言えていた時期もあったけど、それは彼が最高に近いくらい状態が良かった頃の話。

椅子から立ち上がり、彼の眠るベッドの横にしゃがむ。そのまま布団に顔を伏せた。

あと数日。外界の時間であと数日、わたしの役割はまだ続く。彼が完全に安全な場所に行くまで、わたしは彼を守り続ける。

じわ、と涙がこみ上げる。
これは他ならぬわたし自身の涙だ。ほかのパーツからの影響ではない。

そうか。わたしにも助けが必要だったのか。

(わたしは…)

涙はわたしの頬を伝うことなく、布団に吸い込まれていく。

(わたしだって会いたい。帰りたい。あなたと同じ。会えないのが悲しい。さみしい。帰れないのがつらい)

わたしの対として存在するあの男だって、このシステムの一部である以上、同じ気持ちを持っているはずだ。

(ごめんなさい…あの時何も出来なくてごめんなさい)

もし彼に少しだけでも冷静になる瞬間があったなら。もし彼の行動が一つでも違っていれば。そんなたらればを考えても無意味だというのに、わたしはどうしても考えてしまう。

不意に、後ろからふわりと優しく抱きしめられる感覚があった。

「え?」

振り向く。誰もいない。ただ、わたしにブランケットがかけられている。彼ではない。あの男でもない。この感じ。空間に残留する残り香のようなもの。

(みんな…)

わたしの下位に位置するパーツたちの気配があった。わたしがこれまで通ってきた道を通じて、心の奥底から一瞬だけ現れたのだろう。あるいはわたし自身を触媒にしたのか。どちらにせよ、ここに来てくれた。

わたしはぺたんと座ってブランケットをかぶる。
その柔らかな感触を頬で感じる。不思議と温かさも感じる。

涙がとまらない。

(ねえ、わたしも彼にとってのブランケットになれていたかな)

パーカーの袖で涙をぬぐう。
答えはもちろんない。その答えを知る者はいない。

部屋は薄暗いまま。時間が止まったように変化はない。
眼の前のベッドでは相変わらず彼が静かに眠っている。
深い眠りの中で、ゆっくりと、ゆっくりと傷を癒やしている。

わたしはブランケットを肩にかけて、もう一度ベッドに顔をうずめる。
夜が明けたらとか、明日になったらとか、今はいい。ただまどろみのなかで自分の心がほぐれていくのを感じていたい。

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