blue sky blue
その日はずっと体調が悪くて、保健室のベッドで休んでいた。早退しようかとも考えたけれど、駅まで歩いて電車に乗って…って考えただけで吐きそうになった。
結局昼前に保健室に駆け込んだ私がベッドから出られたのは、放課後になってからだった。頭痛も腹痛も吐き気も収まっている。保健の先生にお礼を行って、保健室を後にした。
丸一日損した気分だった。
だからというわけじゃないけど、私の足は普段は行かない屋上に向かっていた。ただの気まぐれ。そこに深い意味なんてない。たぶん。
たん、たん、と屋上に繋がる階段を上がり、現れた扉を開け放つ。
オレンジが少し混ざった夕方手前の陽の光が溢れ出した。
光に慣れてきた目は、そこにいた先客の姿を捉えた。
落下防止用の柵に掴まったまま上体をそらして、空を見上げている。
扉を開ける音に気づいたのか、その子は私の方を見た。
「御門さん?」
「あ、えっと、招代さん?」
どうしてここに。二人でハモってしまった。
御門リンネさん。少し前に同じクラスに転入してきた子。
ふわふわ広がるボブと眼鏡の奥の大きな目が特徴的な、可愛らしい子。
「隣、いいかな」
御門さんはそらしていた体を戻すと、頷く。
私も同じように柵に掴まった。
眼の前の校庭からはサッカー部と陸上部の声が響いてくる。
御門さんの横顔を盗み見るようにちらりと視線を動かす。
長いまつげ。華奢な体。
私なんかには似合わない『かわいい』が似合う子。
「具合、大丈夫?」
校庭の方に視線を向けたまま、御門さんが訊いてくる。
「うん。保健室で一日休んだら良くなった」
「良かった。ずっと戻ってこなかったら、心配で」
「あはは。色々重なっちゃったみたいで」
「つらいときは無理しないでね」
「……うん、ありがとう」
穏やかな口調で、だけど確固とした意志を感じる声で私に語りかける。この子はただ『かわいい』だけじゃない。とても『強い』。クラスのみんなは御門さんのことをかわいいかわいいって言ってるけど、それはこの子の本質じゃないと思う。少なくとも私にはそう思えた。
たぶん、私しか知らない御門さんの一面。
どうかこのまま誰にも見つかりませんように。
「御門さんは何してたの?」
少し、風が強くなってきた。時折セーラーの襟がめくれ上がる。
「空、見てたんだ。きれいだったから」
再び空を見上げながら御門さんが言う。
変わった子だな、とか不思議ちゃんだなとか、そんなことは思わなかった。私はただ、空にすらそんな思いを馳せられる感性が眩しかった。
ねえ知ってる?って幼馴染で同じクラスの雪乃が言っていたのを急に思い出した。御門さん、男子に結構人気なんだってさ。やっぱりあの守ってあげたい感がいいらしくてさあ。
違う。御門さんはそんなんじゃない。かわいいのは確かだけど、強い意志があって、それに裏打ちされた優しさがあって、豊かな感性があって。
それに釣り合う奴なんてそうそういるわけがない。
御門さんが誰かの隣で笑っているのを、想像したくなかった。
独占欲とはちがう。私のものになってほしいとは思わない。
それでも、私は御門さんともっと仲良くなりたかった。
「御門さん」
だから。
「次の休み、遊びに行かない?」