as it is
お腹の辺りが、どうしようもなく苦しかった。こういう時、どうすればいいのか私は知らない。医者は薬を飲めと言っていたけれど、薬を飲んでもこの苦しさは抑えきれなかった。
不安を感じる。漠然とした不安。そいつが私の腹の中で内蔵をかき回しているような感覚。苦しい。気持ち悪い。怖い。
だから消さなきゃ。私の中で暴れるそいつを追い出さなきゃ。
ベッドサイドに置いてあったタバコの箱とライターを引っ掴んで、ベランダのドアを開けて外に出る。
シャッシャッと何度かライターのホイールを親指で回して点火する。そのままタバコの先に火を移して、ようやく火が点いた。
煙を大きく吸い込んで、ふーっと吐く。この息と一緒に体の中の不安も出ていってくれたら良いのに。
「なっちゃん?」
煙が入らないように閉めたガラス越しに、くぐもった声が聞こえる。しばらくそのままにしておこうと思ったけれど、どんどんと窓を叩かれるので仕方なく開けた。
「またタバコ吸ってる。お風呂上がりなのに」
「そんなこと言ったらアズサだってそうじゃん。せっかくのかわいい部屋着なのに」
私にはきっと似合わない、もこもこの部屋着。
「気にしないからいーの。それよりさ」
アズサは私の隣に来ると、ベランダの縁に手を掛けて言った。
「チナツ、なんかあった?」
「……なんで、そう思った?」
「薬、ベッドに出しっぱなしだった」
迂闊だった。いつもならちゃんとしまっておくのに。
「……薬は、忘れてただけだよ」
「うそ。薬だけは几帳面に管理してるの、私知ってるよ」
身長が高めな私からは見下ろすような小柄な彼女。ベランダの向こうを見ていた視線は今、私に真っ直ぐ向けられている。
ドキッとした。それは彼女の可愛さにではない。それはまあ、少しはあるかもしれないけど、それよりも知られたくないことを知られたことに対してだ。
「……ごめん、追い詰めるようなこと言っちゃったね」
心底申し訳無さそうにアズサが言う。違う。そんなことない。そんなことないよ。アズサは何も悪くない。
アズサには『こっち側』に来て欲しくなかった。いつもふわふわで、軽やかで、私の知らないかわいいをたくさん持ってる。そんな彼女に私のような不安や恐怖を体験してほしくなかった。そのままでいてほしかった。
考えばかりが巡って言葉が出ない私に、言う。
「チナツの抱えてるもの、全部はわからない。だけど、少しだけなら私も持てると思う。ううん。持たせてほしい」
「だけど……」
「大事にしてくれてるのはすっごくよく分かる。それはとっても嬉しいよ。だけどね、つらいのを一人で抱えてるのを放っておけないんだよ」
すっかり灰になったタバコを灰皿に押し付けて、改めてアズサと向かい合う。
タバコが私の手から離れたことを確認したアズサは、私の胸に飛び込んできた。いつものハグよりずっとずっと強い力で抱き締めてくる。
「なっちゃん。好き」
「うん」
頭を撫でながら言う。
腹の中のもやもやが、アズサの高い体温で溶けていくような感じがした。それはとても心地よい感覚。ずっと背負わされていたものからの開放感。たとえそれがこのいっときのものだったとしても。
「私がいるよ」
小さな身体のどこからと思うほど、力強く私の体を抱く。正直苦しいくらいだったけど、その苦しさが今は心地よかった。腹の中で暴れまわる不安や恐怖を制圧してくれるような気がしていた。
「アズサ」
「なあに」
「ありがとう」
見上げたその唇に唇を落とす。
いつもならタバコを吸った後だと苦いと言われてしまうが、今日は違った。
「うん」
嬉しそうな顔。私もいつかこんな風に笑える日が来るのかな。
「独りじゃないよ」
優しい笑みで、彼女がそう言った。